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■ デカルトの密室 瀬名秀明
410477801Xデカルトの密室
瀬名 秀明
新潮社 2005-08-30

by G-Tools

尾形裕輔はAI(人工知能)の国際コンテストに参加するため、自分が作ったロボットのケンイチと共に、メルボルンを訪れます。そのコンテストでは、チューリング・テストというテストが行われ、AIの優秀さ=人間らしさが競われるのです。チューリング・テストでは、質問者が、試験室の中にいる人間とAIに質問をし、返ってくる答えを比較する事によって、AIの人間らしさを判定します。

その会場に、死んだはずの天才AI研究者フランシーヌ・オハラがあらわれたことで、コンテストは一気に混乱します。彼女は、自分にそっくりのロボットを連れており、自分とAI、そして尾形を部屋にいれ、チューリング・テストを行うように挑発します。自信たっぷりに「人間らしさ」を競うのではなく、「機械らしさ」を判定してみろ、と、言うのです。

このテストの描写が、とても興味深いです。結果は書きませんが、面白かったです!

物語は、まだまだ続きます。っていうか、ここからです。このチューリング・テストの後、尾形は何ものかに誘拐され、チャットだけは出来るけれど、人間としての他の機能(五感や身体の自由)をまったく奪われてしまいます。尾形はチャットで助けを求めようとしますが、「なんだ、AIか」と、誰にも信じてもらえません。

尾形を助けに来てくれるのは、尾形の作ったロボット・ケンイチです。尾形たちが、ケンイチを育ててきた過程について語られる部分も、面白かったです。しかし、おそるべきことにケンイチは、ロボットだというのに人間を殺してしまいます。

誰が、なんのために尾形を誘拐し、ケンイチをパニックに陥れたのでしょうか?死んだはずのフランシーヌ・オハラがあらわれたのはなぜでしょうか?彼女に、そして彼女の作ったAIに、いったい何がおこったのでしょうか?

物語のほうはSFから、一気にミステリーへ。ここからはネタバレできませんね。ロボットによる人間殺し。人間とロボットの関係。人間とAIの根本的な相違。古くからのテーマではありますが、それが瀬名さんによって、より緻密に、よりリアルに描かれた秀作です。

前半は本当に、ワクワク、ハラハラ、ドキドキで、すごく面白かったです。でも・・・

ミステリーでもあるので、後半の謎解きが面白いはず・・・と、期待して、中だるみを耐えたのですが、後半は盛り上がらなかったなあ。いや、盛り上がってたのかもしれないけど、私は理系の人間ではないので、なんだか難しくて、しかも長くて、疲れちゃったんだよね。今はその気力が出ませんが、何年かしたら再読したいなあ、という本です。
| さ行(その他の作家) | 16:47 | - | - |
▲ 野ブタ。をプロデュース 白岩玄 
4309016839野ブタ。をプロデュース
白岩 玄
河出書房新社 2004-11-20

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ドラマが終わってから見よう・・・と思っていたのに、つい、我慢しきれず、読んでしまいました・・・。

他人との距離のとり方って、本当に難しいよなあ、というのが、一番の感想。それは学生に限らない。たぶん、社会的な動物として生きている限り、難しいんだよね。

それにしても、ドラマとは登場人物のキャラもストーリーも全然違うんですね。ラストも、全然違うものになることを、心の底から祈ります!!
| さ行(その他の作家) | 18:21 | - | - |
▲ 妻の帝国 佐藤哲也 
4152084235妻の帝国
佐藤 哲也
早川書房 2002-06

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高校生・無道大義はある日「最高指導者」から届いた手紙を読んだとたん、民衆国家建設に目ざめる。自分の成すべき事に気づき、働き始める。

一方「わたし」の妻は、これから建設される事になっている、民衆国家の最高指導者である。妻は民衆国家建設のために、骨身を削って働いている。

この2人を中心に、奇想天外な政治劇を描きます。民衆国家建設後は、人々は民衆細胞と呼ばれ、各自がすべきこと、しなければならない事を直感で悟る事を要求されるのです。不条理です。最高指導者である「わたし」の「妻」さえも、何が正しく何が間違っているのか知らないし、決めていないのに、いつのまにか政治は行われ、国は混乱していく・・・。

整合性がなく、不愉快な気分になるばかり。だけど、続きが気になって読むのをやめられない。そんな小説でした。誉めるべきか、けなすべきか、迷うところですが、これはこの人にしか書けない本ですね・・・。佐藤哲也さんって、佐藤亜紀さんの旦那さんだそうです。なんとなく納得。

| さ行(その他の作家) | 00:26 | - | - |
▲ 僕のなかの壊れていない部分 白石一文 
4334923631僕のなかの壊れていない部分
白石 一文
光文社 2002-08

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作田えつ子さんの装画が気に入って読みました。読んでいる最中に、「あ、この人きっと早大出身だ」と、思って著者履歴をみたらやっぱりそうだったので、なんとなくため息がでました。早大出身の作家はやたら多いので、特徴を総合的に言うのは難しいんですけど・・・。でも、なんとなく、雰囲気でわかっちゃうときがあります。たいてい当たります。
強烈な個性を持つ男の女性関係を描き、小説の大きな役割に真っ向から挑んだ著者の最高傑作。
と、帯に書いてあったんですけど・・・・・・主人公が、どこにでもいるモラトリム青年にしか見えなかったことが、私の敗因。特別、強烈な個性だとは思えませんでした。思春期をやめるきっかけがなかったのね、かわいそうに、と、それ以外には、何をどう感じたらいいのか、わからない本でした。

とにかく、主人公が、生きる目的や、死について、悩んでいる事はわかるんです。確かに純文学の一大テーマなんでしょう。でも、作品の中でも指摘されているように、彼は悩むことで逃げてるだけなんですよねー。その問題に向き合ってはいないの。だから、悩んでいる内容も、よく読むと浅い。物語が進むにつれて明らかになる、彼の幼児体験や、過去には同情を禁じえません。でも、やっぱり、単に精神年齢が低いとしか思えない。お前は反抗期か?いったい誰に反抗してるんだ?親にあたれないからって恋人にあたるわけ?馬鹿?!って感じ。

異常なほど記憶力が良い人で、それを自分の過去の不安な体験のせいだと本人は分析するのですが、その能力をひけらかすのが、けっこう好きなようです。知識を蓄積している事と、頭がいい事を勘違いしている節もあり、本当に鼻持ちならないやつです。お前は幼児か!って感じ。後半に入ると、やけに哲学的で、意味深いようなことを言ってみたりもするのだけれど、次の瞬間には、まったく矛盾した事を言い、およそ自分の頭を使って考えているとは思えない。引用したいような名台詞も、なくはなかったんだけど、口からでまかせなのか、誰かの思想の受け売りなんだろうなーって思っちゃって、結局さめました。

ひねくれているくせに、ものすごくさびしがりやで、自分に似た不幸を持つ年下の友人の面倒を見たり、年上の女性に甘えて、身勝手な言動を繰り返す。特に死ぬ理由もないから生きている、と、言い、「ここ」ではない「どこか」を常に探し求めている。しかし、それがどこなのかは結局は分からない。ただ、「ここ」にはいたくない。本当にありふれた思春期ですね。どこが強烈な個性なんだか・・・。

彼は、3人の女性と肉体関係があり、他にも何人か女性が登場しますが、「誰を選ぶのか」などという恋愛小説的視点で、この本を読むとがっかりします。オチがないので。特に、本命と思われる、枝里子さんという人が、ステレオタイプな優等生でね。「不良少年と学級委員」の少女漫画みたいで、よくありそうなわりに、リアリティが感じられない組み合わせでした。枝里子さんって、美人でしっかりもので優しい女性なんだけど、彼が必死で逃げようとしているものそれ自体の象徴のような現実的な人で、よっぽどうまく立ち回らないと彼を引き止めることは出来ないでしょう・・・。枝里子さんには無理っぽいなあ。

というわけで、主人公にも枝里子さんにも共感できないまま物語は終わってしまいました。ただ、脇役として、雷太君と、ほのかちゃんというカップルが出てくるのですが、この子たちは結構好きでした。2人ともやっぱりモラトリアムな人で、過去の不幸から脱出できず、繊細で傷つきやすい、主人公と似た悩める人たちです。でも、2人には、主人公にはない「愛」があるし、行動力があって、頭でっかちじゃないんです。心も身体もちゃんと動かしている人たち。主役の2人よりよっぽど大きな不幸を背負っており、波乱万丈な人生が決定済で、明るい未来が待っているとは思えない上に、2人が2人とも繊細すぎるカップルで、2人がうまくやっていくのは難しそう。でも、できれば、2人には幸せになって欲しい。
| さ行(その他の作家) | 21:30 | - | - |
■ 子供たち怒る怒る怒る 佐藤友哉
4104525014子供たち怒る怒る怒る
佐藤 友哉
新潮社 2005-05-28

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子供たちが主役になった、黒い黒い、短編集。ホラー・・・なのかな。恐いです。子供の本能的な残酷さと、その社会の理不尽性が、それぞれの世界観で描かれています。特に「子供」って恐いなぁというよりも、「人間」って恐い、という風に考えさせられる本でした。負の感情を表に出すエネルギーは、子供のほうがより強く持っているものですが、大人の中にも同じものがあるのですから。東浩紀の「動物化するポストモダン」あたりを読んでいると思う。この作家さん。

・大洪水の小さな家
11歳の僕・弟・妹は、3人だけの世界で完結し満ち足りています。学校も、家族も、物も、言葉さえ、彼らにはどうでもいいのです。そんな3人をある日襲う大洪水。逃げ遅れ、僕と弟は屋根に避難しますが、そこで、妹がまだ家の中にいる事に気づきます。妹を助けようと、水中に再び飛び込んだ僕は・・・。結末が予想外すぎてびっくり。

でも、唯一、共感できる作品でした。その気持ちわかる、とはいえないけど、わかるような気がする、とは言える。恐いですけど。

・子供たち怒る怒る怒る

九州から転校してきたばかりの「僕」は、新しい学校で、初めて友達ができます。その嬉しさで、彼らのしている「牛男ゲーム」に参加することにした僕ですが、そのゲームはだんだんゲームではすまない様相を呈する事になります。「牛男ゲーム」というのは、世間を騒がせている連続殺人犯「牛男」が、次にどんな犯行を行うのかを予想するものです。新しい生活になじみたい僕、異常に的中率が高いことに不安を抱く少女、「牛男」の強さににあこがれる少年など、子どもたちはそれぞれの切実な理由で、このゲームにのめりこんでいきます。

一番恐かったのは、ゲームが終了して罰ゲームが告げられる場面。病んでいるのは一部の子供ではなかった。衝撃です。

タイトルロールだけあって、一番印象に残りました。結局「僕」はとある罪悪感に潰されそうになっているのですが、その罪悪感は「僕」には責任がなく、押し付けられた「罪悪感」なんです。「僕」はこの理不尽に怒っています。他の子供たちも、それぞれの理不尽に怒っています。怒りは理不尽に無関係の誰かに向けられ、理不尽の連鎖が続いていく。恐い小説でした。

・リカちゃん人間

家庭では虐待され、学校ではいじめにあっているリカ。彼女は、苦痛を感じるたびに自分を人形だと思うことで、今まで生き延びてきました。彼女は、「自分は人形だから痛くない」と言い聞かせ続けます。しかし、それを「嘘」だ、と指摘する人物が現れます。ちょっと型破りな、生徒指導室の先生です。先生との交流により、リカが変化していきます。

このストーリーもすさまじく暗くて、グロテスクだったけど、きちんと筋のある作品。骨もある作品。唯一、好きだと言ってもいいかもしれないです。書き下ろしで、ラストに入っている理由がよくわかります。このストーリー(というか最後の1文)がなかったら、読後感が全然違うでしょう。(あるからって、読後感が良い、とまでは言えないけど・・・)

・生まれてきてくれてありがとう!
・死体と、
・欲望

の3つも収録されています。

そういえばこの本の中では、技術的な点で、実験的な試みがなされています。たとえば、ある小説は、1度も改行をしない。ある小説は、主役以外のすべての人物の名前を出さない、などです。そのあたりだけは、チャレンジ精神が溢れていて、爽やか(笑)
| さ行(その他の作家) | 01:31 | - | - |
● 眉山 さだまさし
4344007271眉山
さだ まさし
幻冬舎 2004-12

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「神田のお龍さん」こと江戸っ子の母親と、その母に気おされっぱなしで育ってきた、おっとりした娘・咲子の物語。娘の視点で、死を目前にした母親のあっぱれな人生を描いています。舞台は徳島で、登場人物が使う方言や、阿波踊りに対する強い思い入れなど、あたたかい風土を背景にストーリーは進みます。

「献体」というのが大きなテーマとして取り上げられています。献体についてわたしはあまり知らなかったので、勉強になりました。他にも、介護や、不倫など、重いテーマばかりです。でも、短いし、雰囲気が穏やかな本なので、読みやすいです。

お龍さんの生き様は、かっこいい、の一言です。売られたけんかは絶対に買い、筋を通すところは通して、たくさんの人の面倒を見て、誰のお荷物にもならず。こんな風に生きられて、こんな風に死ねたらすごいと思います。

わたしの読み方としては、お龍さんの担当医と咲子の恋愛に関しては、小説のスパイスというか仕掛けの一部という事で流して、母娘の物語に絞って読みました。いい本だったと思います。『解夏』もそうですが、さだまさしが書いた、という事が悪いほうに作用するくらい、いい本です。プロのベテランの作家が書いたんだと言われれば、疑いもせずに拍手したと思う。本を好きな人が、どうせ、さだまさしの本だろう、と、読まなかったらもったいないです。

あーでも。クライマックスの阿波踊りのシーンがよくわかりませんでした。あれは偶然の邂逅なのでしょうか。それとも、何十年も前の約束?それとも毎年の恒例行事?お龍さんがあの日にこだわっていたのは、何らかの約束があったからではないかと思いますし、偶然という設定ならいくらなんでもあんまり。でも、そういう記述はどこにもなかったように思います…。だれか、みつけたら教えてください。



そうそう。実は、ある書評で「介護する立場から言わせてもらえば、自分の親にもお龍さんのような気概を持って欲しい」というような文を読んだのですが、そういう読み方はちょっとどうかと…。気持ちはわかるように思いますけど。でも、自分がお龍さんのようになれるかを考えれば、ほとんどの人が無理です!と言いますよねー。
| さ行(その他の作家) | 21:15 | - | - |
★ 僕の双子の妹たち 白石公子
408774700X僕の双子の妹たち
白石 公子

集英社 2004-06

事故で両親を失った直殻と、双子の妹、実のりと、穂のか、そして3人のおじいちゃん、という残された家族の物語。いわゆる、癒しと再生の物語、なのですが、そう言い切ってしまうにはいささか、状況がディープです。

孤児になった、とはいえ、直殻は26歳、妹たちも20歳。大人ですから、色々あります。それに、事故で亡くなった両親には当時離婚話が出ており、事故の後1年もたってから父親と不倫関係にあった女性が登場したり、母親の書き残した手記が出てきたりします。

死で始まり、不倫、離婚、親子の確執、ブラコン、過食症、過呼吸症候群、と暗いネタばかりで埋め尽くされているわりに、上品な「さわやか青春群像劇」風に仕上がっているのが不思議でした。これは、主人公の直殻とおじいちゃん、という男性陣のキャラクターの安定感によるものなんだろうなあ、と、思います。

長男・長女、というのは、責任感が強くて、周りの人達を守ろうと一生懸命なんだけど、その分保守的でありすぎたり、どこかぼんやりしているというか、鈍くて気がきかないところがあったりする。自分が考えているほど、しっかり今を生きてはいなかったりする。私は長女なので、身につまされるものがありました。



それにしても、小説の世界は右を見ても左を見ても不倫ばっかり。わたし、不倫文化自体に意見する気は毛頭ありませんが、不倫小説は好きじゃありません。なんか読んでて疲れるし、ぶっちゃけ飽きました。
| さ行(その他の作家) | 02:17 | - | - |
▲ 美しい顔 外岡立人 
4062108534美しい顔
外岡 立人

講談社 2002-02

小児ガンのために顔の半分を切除した子供の、とびっきり美人の母親(麻矢子)と、子供の主治医である小児科医(当麻)の物語です。

帯に、「人間の顔とは何か」「美しい母親と青年医師の悲痛な愛のゆくえ」などと、書いてありましたが、確かにそういう内容を含んではいましたが、この小説の中で重かったのはそこではなかったような気がします。「医療の限界」とか、「母親と父親の認識の違い」とか、そんなテーマが大きかった気がします。作中の当麻は、麻弥子に対する恋愛感情で悩んだわけでもないし、子供の顔を奪うことにも迷わなかった。当麻は「医療の限界」にぶちあたって苦しんでいました。麻矢子も、子供が顔を失うことに苦しんでいたのではなく、ガンの子供を持つ母親として苦しんでいたんだし、夫とのすれ違いに苦しんでいた。そういう小説です。

著者が「人間の顔」について書きたかったんだとしたら、ガンの子供のほうを麻矢子に似た顔にすると思います。また、上記の2人の恋愛よりも、その前の、麻矢子と夫が破局にいたる経過のほうが、たくさんのページを割いて書かれていました。当麻の同情がどこでどう恋愛感情に変わって、麻矢子はそれをどう受け止めたのかとか、そのあたりの感情の動きはそんなにはっきりとは、描かれていないんです。なんだか故意に飛ばされていて、「行間から察してください」って感じなの。これが恋愛小説なら、とっても奥ゆかしい小説といえるかもしれません。

それにしても、短いわりに重い本だったなあ。今は読み返したくないけど、本当は、もう2、3回読んでからじゃないと、感想を書いちゃいけない小説だと思います。上の私の感想文はとっても、アサハカな感じです。
| さ行(その他の作家) | 00:54 | - | - |
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