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▲ ソナタの夜 永井するみ
4062127466ソナタの夜
永井 するみ
講談社 2004-12

by G-Tools

中年の、不倫をしてきた女性を主人公にした、短編集です。

この人の書く恋愛小説では、「女性心理の機微を巧みに描く」と、よく誉められているのですが、わたしも、その通りだと思うのですが、この本では巧みすぎてぶっちゃけ、恐いです。女って陰険だよ、頭いいんだか、悪いんだかわかんないよ。うーん。読者層として、わたしよりだいぶ年上の女性を想定されてるんだと思います。わたしは恐いよー。

好きだな、と、思えた小説は、「秋雨」。響子は、お互いの顔と名前以外はほとんど何も知らない相手と、1年に1度だけ数時間、という不倫をもう7年も続けているのですが、その理由とは・・・。というミステリー作家さんらしい順番で描かれた、哀しい短編です。響子さんも、その夫も、響子さんの姉の麗子さんも、みんなが可哀想でした。

他の短編では、「ピアノ」「絵画」「陶芸」「クラリネット」といった、芸術関係の小道具が使われていて、わたしはそういう小説は好きなので、そういう意味では楽しめました。でも基本的に、わたしは恋愛小説は苦手で、中でも不倫小説って嫌いなんだ、ということがわかりました。

一編目の「ミルクティ」は、事故による怪我で挫折したピアニストが主役です。同じ設定に偶然わたしは3連続で当たったことになります。ちょっとびっくりです。(途中で再読の別の本を読んだりはしてるけど、新しく読んだ本としては3連続。)それだけ、この設定の本が多いのでしょうか。今までは、そんなに目につかなかったけど。
| な行(永井するみ) | 01:00 | - | - |
● 俯いていたつもりはない 永井するみ
433492445X俯いていたつもりはない
永井 するみ
光文社 2004-09-17

by G-Tools

いつも気をつけてるんだけど、ネタバレあるかもしれません!!

これは、ミステリーの形式をとった、恋愛小説です。舞台は「ラウンドテイル」というプレスクール(つまり幼児教室)です。主人公は、そこの責任者であり、オーナーの娘でもある、緋沙子先生です。読者は、緋沙子先生または、オーナーであるおばあちゃん先生と共に、ラウンドテイルの生徒希央ちゃんの母親、凛子さんの殺害事件を追っていくことになります。

永井するみさんは、女性作家らしからぬ(というと語弊があるのかな。でも雰囲気は分かるでしょう?)固めの社会派ミステリーで高い評価を受けて、世に出てこられた方なので、初期の数冊を読んでファンになられた方は、この本を好きではないかもしれないと思います。実際、わたしがWEBで見た限り、あちこちでかなり酷評されてるもんなあ。でも、私は、この小説はこれでいいんだ、これがいいんだ、と思います。永井するみさんのファンじゃない人に読んでほしいなあ。ミステリーファンじゃなくて、ごく普通の人、特に女性に、読んでほしいです。

純粋にミステリーとしても、そんなに悪くない出来ではないかと、わたしは思います。「誰が、何故、凛子さんを殺したのか」という謎に対する答えには、十分意外性があったし、説得力もありましたから。ただ、それ以外の部分がこの小説に対して占める部分が大きすぎるために、ミステリーとしては物足りないという印象は確かにあります。

つまり、緋沙子先生、おばあちゃん先生、凛子さん、といった女性たちの心理を追ったり、彼女たちの人生(恋愛や、人格形成の過程など)を描く「純文学」や「恋愛小説」の部分、また、日本の幼児教育の現状や、教育の現場を緻密に描いた、永井するみさんらしい「社会派」の部分、そちらのほうに重点がおかれているんです。そして、私はその2つの方角からは、この本に★を5つあげたいと思いました。出てくる人は誰も、特別魅力的なわけではないし(でも、個人的におばあちゃん先生好きです)、特別悪人でもない。事件も奇をてらったものではない。次から次へと事件が起こるわけでもない。それなのに1ページ目から最後まで、一気に読ませる。ぐいぐい読者を引き込んで、最後まで飽きさせない。永井するみさんはやっぱりすごいなあ。圧倒的に筆力というものがある作家さんだなあ、と。

筆力にも色々あるけど、永井さんの場合は、観察眼と描写力、なんだと思います。女性の描写の細やかさには以前から定評がある作家さんですが、この作品では特にそれを感じます。「主観」と「客観」を上手に使い分けて、何人もの女性を、まるで本当に存在しているかのように描いています。たとえば主役は緋沙子先生なのですが、読者が謎解きのために一緒に動き回るのはおばあちゃん先生です。読者は緋沙子先生の心の声を聞きながら、母親であるおばあちゃん先生の目からも、緋沙子先生を見ることになります。また、緋沙子先生やほかの保護者が事件前に持っていた(読者もつられて持っていた)凛子さんという女性の印象は、事件後のおばあちゃん先生の調査でずいぶん違ったものになります。また、子供たち一人一人や、彼らの作る小さな微笑ましい社会や、強力な保護者ネットワークの描き方。女性、特に子供と接している女性は、身につまされ、その描写のうまさにうなるはずです。

そう、よくもわるくも、現実的なんですね。社会派ミステリー出身の方が書いた恋愛小説である、ということが良いほうに出ているんだと思います。帯には「あのとき、身を切る思いで彼と別れたのに。16年後、彼女の前に男は現れた。」というあおりが書いてあります。緋沙子先生は16年も(おばあちゃん先生は50年も)報われない思いを持ち続けているわけですが、それをそのまま放置しておけば、「ありえないような純愛」と読者がしらけてしまか、あるいは逆に「後ろ向きな性格の駄目な主人公」ということで、小説の魅力が半減します。あちこちで「卑怯だ」「あとだしジャンケンだ」などと評判の悪い、最後に明かされる例のあの秘密、あれがあるからこそ、緋沙子先生の思いが、現実的で、より実感の伴ったものとして感じられるんだと思います。作品の最後の最後まで秘密にする必要は・・・確かにない気がしますが、そこが筆力、なんじゃないでしょうか。確かにあざとい、とは思いますが、ミステリーなんて所詮あざといもの。やられた!と思ってしまったのなら、やはり著者の筆力の勝利でしょう。それに、小説には、「余韻」って大事ですよね。読み終えたあとの私に、感想を書くぞ、と、思わせるほどの「余韻」を心に残させたのは、結局「あれ」ですから。私は、良いほうに評価したいと思います。
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