角田作品で久しぶりに、面白かった、読んで本当に良かった、いい読書だったと思える作品に出会えました。好きになれそうな作家さんが増えるのっていい気分ですよね。
2部構成になっていて、1章では、不倫相手の子供を誘拐してしまった希和子の物語、2章では、誘拐事件の18年後の、誘拐された子供の物語が描かれています。
1章で描かれる希和子の逃避行は、時代設定が古い事や、宗教団体が関わってくる事もあって、ちょっと感情移入がしにくかったです。誘拐という犯罪を犯してしまった希和子に、同情の余地があることはわかるんだけど、同情しきれない、共感するというところまではいかない、という感じでした。でも、テンポのいい展開で、希和子と薫はどうなっちゃうの?という事が気になって、先へ先へと引っ張られました。
それにしても、逃避行の始めには、希和子には4千万円という貯金があり、身分を隠したままでも、住む場所をみつけるなりホテルを転々とするなりして、赤ん坊と過ごし続ける事は、できなくはなかったと思うんですよねー。戸籍のない子供を、身分を隠したまま育てるだなんて事が、どのくらい可能かはわかりませんが、普通ならやってみると思うし、赤ん坊が赤ん坊でいる内は、ある程度可能だと思う。希和子が次々と、自分と赤ん坊の暮らしを、見ず知らずの人に丸ごと委ねるのが、毎回とても不思議でした。やっぱり「がらんどう」だったんですかね。いい母親として薫に対しては愛情を注ぎ、立派に育てているように見えましたが、彼女の「がらんどう」はずっと続いていたんでしょうね。
2章に入って、大人になった恵理菜に視点が移ってから、一気に面白くなりました。親元に戻ってからも、家族の中に居場所を見つけられず、孤独をかかえて育った恵理菜は、自分を誘拐した「あの女」を憎んで生きてきました。しかし自分も「あの女」と同じように、妻子のある人との不倫の関係をやめられずにいます。そんな彼女のもとに、フリーライターの千草があらわれます。千草は、誘拐中の恵理菜と、エンジェルホームで一緒だった幼馴染でした。
2章では、恵理菜の物語と同時進行で、誘拐事件に関する客観的な事実が描かれます。事件に至るまでの希和子の人生や、希和子と恵理菜の父親の不倫のいきさつ、恵理菜の母親の事情、エンジェルホームの実態。本当に、どうしょうもないダメ人間ばかりだったという事が、次々に明らかになるのですが、ここにきてやっと、希和子にも恵理菜にも、感情移入できるようになってきました。恵理菜の両親にも、少しは。
恵理菜がとても前向きに未来を語れるようになって、その結果、恵理菜の両親にも、これから救いがあるのかもしれない結末になっていて、とても良かったと思います。子供は育つ環境も選ぶことはできないけれど、自分を育てた馬鹿な大人たちを許して、自分と自分の過去を受け入れて、恵理菜が少し成長し、楽になったようで、ホッとしました。まあ、この後が大変なんだろうな、色々あるだろうな、とは思いますが、恵理菜にも、恵理菜の家族全員にも、幸せになってほしいと思えました。
それから、2章で客観的な事実が明らかになるにつれて、私は希和子にも同情してしまったので、ラストで彼女にも、ちょっと、具体的な救いがあって欲しかった気もします。でも、結末に余韻を残すという意味でも、心情描写の迫力という意味でも、小説的には希和子の結末はあれで正解なんだ、という気もします。
うーん、でもやっぱり、希和子にも、誰かいてあげて欲しかったなあ。別に、子供じゃなくていいし、夫や恋人じゃなくてもいい。友達、とかでもいいから、誰か。ラストシーンの希和子が、1人ぼっちすぎて、切なくて、悲しかったです。