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■ 小春日和 野中柊
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小春日和
野中 柊
青山出版社 2001-06

by G-Tools , 2006/06/01




映画好きの母親の影響でタップダンスを始めた幼い小春と日和のにCM出演のチャンスが…。リズミカルな言葉で織りなす、のびやかな双子物語。
なんだか「ちびまる子ちゃん」のような本でした。70年代という時代と、仲の良い家族が共に暮した、子供らしい子供時代への懐かしさが、キュっとつまった可愛らしい本。

この本は、この本として大好きなのですが、プロローグで示唆されている、双子のこの先のほうが気になります。双子がどのように「ふたりであること」をやめ、心細い「ひとり」になっていったのか。読み応えずっしりの青春小説になりそうなので、まったく別の作品として、それを読んでみたいです。
| な行(野中柊) | 00:40 | - | - |
▲ ママの狙撃銃 荻原浩 
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ママの狙撃銃
荻原 浩
双葉社 2006-03

by G-Tools , 2006/05/31





ネタバレあり。

この本の感想を書くのは、とても難しいんです。あまりに、難しいので、この数日ブログの更新をサボっていたくらい・・・。ストーリーの難しい本というわけではありません。文章もテンポが良く、ユーモアに溢れていて、荻原さんらしく、読みやすかったです。でも、この物語をどう解釈すればいいのか・・・ああ、難しい(笑)

主人公は、福田曜子、41歳、専業主婦。サラリーマンの夫と、有名私立中学に通う娘と、能天気な幼稚園児の息子の4人家族です。最近、念願のマイホームを購入し、平凡でそれなりに幸せな毎日を送っています。曜子は何よりも家族の幸せを大事にする、ごく一般的な主婦です。

しかし、曜子には、家族にも秘密の過去があります。曜子は、6歳の時から10年間、アメリカのオクラホマで、殺し屋だった祖父、エドと暮していました。誰もが自分の身を守るために戦っているような国、アメリカで、曜子はエドから、射撃を初めとする戦闘の技術を受け継ぎました。曜子には素質があり、エドのあとを継ぐ暗殺者となって、25年前に1人の男を暗殺しています。しかし、祖父の死後、日本に帰ってきてからは、その世界からはすっかり足を洗っています。

物語は、過去に曜子に暗殺を依頼した、Kという男から、25年ぶりに暗殺の依頼が来るところから始まります。夫のリストラという家族の危機に直面して、曜子は、お金のために、再び人を殺すことを決意します。そして・・・

ママはスナイパー♪って感じで、曜子が軽いタッチで悪人をバシバシ殺しちゃって、お金を稼いで、家族を守って、主婦と暗殺者という二重生活を、ただ面白おかしく描きましょう・・・っていう本なら、それはそれで「あり」だと思うんです。善良だけどヘタレの夫や、愉快な息子のキャラクターも、違和感なく生きてくる。赤川次郎チックに、さらっと読んで楽しくて、それだけの本として成立すると思う。これからも、こんな生活が続きます、という結末でも、それなら、「あり」だと思います。

でも、この本は違います。曜子は長いこと、自分が殺した人の幻影を見、罪悪感を背負って生きてきました。再び暗殺を行う決意をし、スナイパーとしての本能が徐々によみがえり、周到に準備を進めながらも、曜子は悩みます。その苦悩と葛藤がかなり丁寧にじっくりと描かれているので、この部分は重いです。ユーモアのある文章も、笑えるエピソードも、それでかすんでしまっています。

ラストで曜子が自殺してしまったとしたら、衝撃の結末ではありますが、小説のオチとしては「あり」だったと思います。伏線ピシッと張られているし。でも、そういう結末ではないんだよね・・・。

曜子が、いじめやリストラや借金と、身を挺して戦う、パワフルウーマン小説として読めばよかったのかなあ。でも、その部分でも、微妙。

日本という狭い国で抑圧されてきた、曜子本来の人格が解放され、暗殺者としての本能が蘇ったことで、曜子はいじめに合っている娘を、彼女らしいやり方で守ることになります。いじめっこがやっつけられるシーンは、気分爽快で、こんなお母さんがいたらかっこいいと思いました。でも、やりすぎなんですよね。すっきりしたはずなのに、後味が悪いエピソードになってしまっている。どんなに嫌なガキでも、精神に異常をきたすほど、銃で脅しつけるなんて、やりすぎですよね?

荻原さんが、何を書きたかったのか、何をテーマにしたのか、わかりませんでした。「明日の記憶」が有名になりすぎたので、違う傾向の話を書こうとしたんだろうなあ、というのは、表紙を見ただけでもわかります。でも内容的には、結局ドタバタコメディにも、ハードボイルドにも、徹し切れなかったようで中途半端。重さと軽さの絶妙なバランス、っていうところを狙ったのかなあ、と、思いますが、重さと軽さが交じり合えずに分裂したまま、1冊の本になってしまった感じがします。

設定は面白かったし、読みやすかったし、楽しめる部分はたくさんあったんだけど、読後感としては、不完全燃焼、っていうのが一番近い言葉です。
| あ行(荻原浩) | 14:23 | - | - |
雀 谷村志穂
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谷村 志穂
河出書房新社 2004-10-22

by G-Tools , 2006/05/29

かつてはダンスと言う同じ夢を追った、学生時代からの5人の女友達の物語。みんなそれぞれに、ダメなところのある女たちで、仲間はみんなその部分を知っていて、反感を持ったり、ぶつかったりしながらも、友情は続いていく。友情っていいですよね。学生時代からそれが途切れずに続いているという部分だけは、ちょっと羨ましい気もしました。

でも、この本の中の友情って、共依存っぽくてあまり健全には見えなかったなあ。個人としてはそれぞれに幸せではないからこそ、結びついている5人って感じで・・・。5人それぞれに、テレビドラマみたいな設定と悩みを与えたことで、やたら薄っぺらくみえてしまったし。だから友情小説としてイマイチな仕上がりで、その部分には序盤で期待させられて読み進めたただけに、残念でした。

それに、恋愛小説としては最初から最後までイマイチで・・・。

主人公は、お金持ちの愛人と暮す、雀。雀は、誰とでも寝てしまう。気に入れば、その部屋にいついてしまう。働いたこともなく、その時々の男に小遣いをもらって暮している。

彼女の事を、作者はあとがきで「純粋」だと言っています。確かに、彼女の友達思いなところや、物欲があまりなくて、気前よく人に物を与えるところなどを見ていると、良いところもたくさんあるんだろうとは思います。ブランド物のバッグより、セックスと物語を聞いてもらうことに喜びを覚える部分なども、無邪気で可愛らしく、それを純粋といえなくもないような気もしないではないような・・・うーん。

私は、彼女にまったく共感できません。どっちかというと、嫌いなくらい。「誰とでも寝る女」という段階で、道徳観的にアウトなんですが、そこにもっともな理由や、同情すべき余地が多少あれば、小説の登場人物としては許せる。けれど、彼女にはそれがなく、ただ楽をしているだけなんです。いくら物欲がないからって、生きていくために必要な分すら、働こうとしないなんて、人間としてどうなのよ。そして、さんざん甘やかしてもらったパパが、癌だとわかったときの冷たすぎる仕打ちはなんなのよ。パパの要求を受け入れるかどうかは、もちろん雀の自由だけど、人に優しくないにもほどがあると思います。そして、最終的には、母親になろうというときにまで、まったく現実を見つめることなく、女友達にどっぷり頼って流されて、それを「友達が家族だから」、などと表現する、その甘えた根性はなんなのよ。そして、そういう彼女に棚ボタの幸せを与える、この小説ってなんなのよ。

谷村志穂さん、けっこう好きな作家さんなんですけど、この本は、全体的に残念でした。
| た行(谷村志穂) | 14:56 | - | - |
■ あなたのそばで 野中柊
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あなたのそばで
野中 柊
文藝春秋 2005-09-08

by G-Tools , 2006/06/01





恋愛短編集。どれもこれも恋愛小説でしたが、甘いものから、苦いものまで、様々なテイストがそろっていて、恋愛小説が苦手な私でも飽きずに読めました。どの短編も、その続きが知りたいのよ!というところで終っていて、物足りないような、余韻が嬉しいような、微妙な読後感。この感じは、けっこう好きかも、です。

それにしても、イラストの松尾たいこさんは、最近大活躍ですね。

オニオングラタンスープ
16歳の幼な妻の物語。彼女がとてもキュート。

□ 光
高校生と女教師の恋愛。彼もキュート。

□ イノセンス
ハッピーエンドで、本当に嬉しかった。

△ 片恋
兄の妻になった女性を思う弟の物語。

運命のひと
短い割に、人間関係が複雑で、それぞれの思いを正しく把握できたかどうか自信がない・・・。でも、江國香織さんの作風に酷似。

□ さくら咲く
読後感がとても良い作品。温かい。

この本は、それぞれの短編が、ストーリーに関わらない程度のディティールの部分で、かすかにリンクしあっていて、連作短編集と言えなくもありません。

こういうのって、最初に見たときは、面白い趣向だなあ、思いました。リンクを発見したとき、すごく嬉しい気分になりました。でも、最近では多すぎて飽きています。この程度のリンクなんて、技術的には簡単なことで、単なる作家の遊び心か、読者サービスにすぎず、多用されマンネリ化した今、まったくありがたみがない。はやってるからってみんなでやるのはやめようよ。誰が始めたのかわからないけれど、次々に真似する作家さんが出てくるのは、見ていてなんだか恥ずかしい。

もちろん、本を読む人のほとんどは、たまに数冊読むのであって、毎日たくさん本を読む人なんて少数派。飽きたり、マンネリを感じたりするほど、この趣向に出会っている読者なんて、本当に少数派なんでしょう。だから、問題はないですよね、もちろん。でも私は、自分自身がオリジナルであり、流行を作る側なのだという自負を、どこかで持っているような作家さんが好きです。連作短編集なら、連作にするだけの意味がある、連作短編集のほうが好きです。初期の加納朋子さんとか、若竹七海さんの連作短編集は、すごかったと思う。ああいうものが、また読みたいです。

(いい機会なので、一般的な傾向に関して感想を言っただけで、特別、この本にケチをつけたかったわけではありません。)
| な行(野中柊) | 00:27 | - | - |
■ 日傘のお兄さん 豊島ミホ
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日傘のお兄さん
豊島 ミホ
新潮社 2004-03-17

by G-Tools , 2006/05/27

恋愛短編集。のーんびりしていて、ゆーったりしていて、女の子たちがみんな前向き。雰囲気的には好みでした。

・日傘のお兄さん
やっぱりこの中編が、一番印象的でした。幼稚園生の頃、毎日遊んでくれていたお兄さんと再会した、夏美。お兄さんは幼児猥褻の罪で犯罪者として追われる身になっていました。ネット上でも「日傘のロリコン変態」として有名人になっています。そんなお兄さんに夏美は、街を出てついていってしまいます。

これが、直球の純愛小説仕立てになってるんですよね。この題材をこういう風に描いて、いいんだろうか。きっと、いけないと思う人も多いだろうな。特に、子供を持つ親の立場で読んだら、たまらないだろうな。でも、わたしはこの作品を面白く読んでしまいました。

色んな本があるのは、いいことです。オリジナリティと、チャレンジ精神に拍手!これを書いた作者を、「もっとやれー!!」と、けしかけたくなるような作品でした(笑)。

主人公、夏美のキャラクターがいいんですよね。彼がそんな人間だとわかっても、手のひらを返したように拒絶反応を起こしたりしないんです。自分の目で見たこと、自分が感じたことを、どこまでも信じている。わたし、この子、好きだなーっ。2人の十年後が知りたいです。

・バイバイラジオスター
・すこやかなのぞみ
・あわになる
この3つは、普通に(?)甘酸っぱい恋愛小説。

・猫のように
これだけがちょっと異色で、40歳の中年男が主人公。「猫のように」生きるんだと、ソープ嬢にふられたくらいで、決めてしまうことはないんじゃないかなあ。今は、それを淋しいと感じているんだから、もう少しがんばったっていいと思う。人生は、まだ半分残っているぞ、がんばれ、中年男。この結末は、ものがなしい。
| た行(豊島ミホ) | 19:48 | - | - |
包帯クラブ 天童荒太
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包帯クラブ The Bandage Club
天童 荒太
筑摩書房 2006-02-07

by G-Tools , 2006/05/27





酷評警報。この本を愛する人は、この記事を読まないほうが賢明です。
これは、戦わないかたちで、自分たちの大切なものを守ることにした、ある小さなクラブの記録であり、途中報告書だ…。いまの社会を生きがたいと感じている若い人たちに語りかける、傷ついた少年少女たちの感動的な物語。
私は、天童荒太さんの本は、「永遠の仔」しか読んでいません。「永遠の仔」は、私の中では殿堂入りしている面白いミステリーで、大感動させられた物語でした。何度も号泣できる本なんて、私には数冊しかないので、本当にこの本は殿堂入り。だから他の作品も、評判のいいものはいつか読もうと思っています。

でも、「永遠の仔」って、季節物だったよなあ、と、思うんです。あの時期に出版されたから、あれだけの高評価を得ることができた。ブームだったんですよね。うつ病、強迫神経症、対人恐怖症、PTSD、パニック障害、リストカット、摂食障害、不登校、ひきこもり。そんな言葉がこの十数年で常識になりました。精神病理や、心理学系の雑学が、毎日のようにテレビで放送され、映画もマンガも本も出て、みんなに知られるようになりました。トラウマ小説や、癒し系小説のブームがやってきて過ぎていき、私は、類似の小説をたくさん読んでしまいました。私個人としても、今「永遠の仔」を初めて読んだとしたら、殿堂入りしたりしないだろうと思います。

同様に「包帯クラブ」も、何年か前に読んでいたら、感動したのかもしれません。傷ついた少年少女たちが、自らと仲間の癒しを求めるというテーマは、ある程度の普遍性があると思うので、ブームを過ぎたからって価値が落ちるわけでもないと思うし。でも、今となっては、ありがちすぎる。こんな風に、なんのひねりも工夫もなくまっすぐにそれを描かれても、個人的には退屈なだけでした。

ちくまプリマー新書は、YAレーベルだそうですが、若い人は、もしかしたらこのテーマに共感して読めるのかもしれないな、とは思います。でも、その場合今度は、登場する中高校生たちをリアルに描けていないことが、大きな問題になってくると思います。最近の高校生は、こんな言葉遣いで、こんな芝居がかった会話をしないでしょう。まるで30年前の学生みたいな「すれてなさ」です。

逆に包帯クラブの活動の主旨は、子供っぽすぎて、これも若者には受け入れられないんじゃないかと思います。作中にもありますが、傷を受けた場所に包帯を巻くことだけで、ほっとするなんてこと、ないでしょう。そういう、理屈では筋の通らないことで癒されたような気になれてしまうっていうのは、「いたいのいたいの飛んでいけ」の感覚ですよね。思考の面でまだ発達していない、もっと小さい子供のものだと思います。そういう子供っぽさというか、本能っぽさは、誰もが残したまま大人になるのかもしれないけど、「包帯クラブ」のようにそれを自覚し、継続的に言葉や行動に表し、他の人と共有するというようなことは、高校生ともなればないと思う。私は、根本的にそこが受け入れられなかったので、この本を、冷めた目でしか読めませんでした。若い人なら、もっと冷めてしまうんじゃないかなあ、と、思います。

このまんま、小学生を主人公にすればよかったのに。

というわけで、なんだか、酷評ですが・・・。

別に、悪い本でも、ひどい本でもありません。優しさと温かさの溢れる物語だし、説教臭くないところも良かったです。ただ、誰がこの本を喜ぶんだろう?と、疑問だっただけです。大人が、「自分にはもう必要のない物語だけれど、若い人には読んでもらいたいな」、と、思う本、でした。

ああ、フォローしきれてない。
| た行(その他の作家) | 12:27 | - | - |
ヒロシ 北沢志貴
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ヒロシ
北沢 志貴
新風舎 2005-11

by G-Tools , 2006/05/25





第6回新風舎文庫大賞受賞。
大事故に遭いながら奇跡的に無傷のまま助かった姉・さなえを、突如、自殺という形で亡くした俊。確かに負ったはずの瀕死と思われた重傷が、跡形もなく掻き消えてしまった美咲。さなえが最後に遺した言葉。痛みの中で美咲の耳に届いた言葉。それは「ヒロシ」。そして「ヒロシ」を巡る謎が、俊と美咲を巡り会わせる。俊と美咲が辿り着いた先には、深い悲しみに縁取られた恐怖が待っている…。

裏表紙より
電車に乗る前に、読む本を持っていないことに気がついて、いそいで選びました。そうしたら、しごく普通のホラー小説でした。「リング」以降、大量生産され続けている、邦画ホラーのノベライズのようでした。原作ではなく、ノベライズです。映像を超えるものにはなっていない。小説ならではの良さがない。裏表紙にあるあらすじが、一番魅力的でした。あっ

ストーリーのアイデア自体は、悪くないんだと思います。素材は悪くない。料理が下手なんだよね・・・。

まず、文章が・・・下手なんだと・・・思います。まあ私も、文章の上手い、下手に関して、明確な基準を持っていないので、はっきりとは言えないんですけど(^_^;)。なんとなく、よみにくい文章でした。登場人物の背景や心情、セリフも、あまりに型どおりで、さむい。

小説を、あまりたくさん読んでいない人の文章だと思いました。もしかしたら、マンガや、映像作品で、物語を吸収してきた人なんじゃないかなあ。著者の今までの読書量が少なすぎるのか、人生経験が少なすぎるのか、その両方か、という感じがひしひしとしました。ティーンエイジャーには受け入れられるかもしれませんが、いい大人の読める本ではないかもしれません。

作者が18歳の新人だそうですから、それも当然かな。でも将来性には、ちょっとだけ期待しています。市川拓司さん方向か、あるいは乙一さん方向で、化ける可能性はあると思います。というわけで、読んだという事を、記録。
| か行(その他の作家) | 13:06 | - | - |
★ 晩鐘 乃南アサ
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晩鐘〈上〉
乃南 アサ
双葉社 2005-05

by G-Tools , 2006/05/24





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晩鐘〈下〉
乃南 アサ
双葉社 2005-05

by G-Tools , 2006/05/24





ネタバレあり。

「風紋」の事件から7年。殺人事件の犯人であった、松永の息子、大輔は小学5年生になっています。父親の事件のことはもちろん、母親のことも知らされず、病弱な妹、絵里と共に祖父母に育てられました。同じ敷地内に住む伯父の家族に、いつも辛くあたられてきたため、表面的には素直ないい子を演じています。父親代わりとして絵里を守るために、早く大人になりたいと願っています。

そんなある日、伯父の息子、大輔の従兄妹にあたる、中学生の歩が殺害されるという事件がおこります。こんどは犯罪被害者となったこの一族は、7年前の高浜家と同じように、マスコミに追われ、口さがない近所の噂話に追い詰められ、家庭は崩壊します。そしてその混乱の中で祖母と妹が入院し、大輔は「叔母」と聞かされていた、実の母親、香織と共に東京で暮らさなければならなくなりました。そこで大輔は、自分たちの家族の様々な秘密を知るようになり、悲劇に向かって突き進んでいくことになります。

複雑な育ちゆえに大輔は、登場したときから計算高いというか、ずるく、悪賢い子供で、好きにはなれませんでした。それでも彼が、あんなに重い罪を、あんな理由で行うところまで、追い詰められてしまったことは、とても残念で、納得できないものがあります。本来の大輔は、「人殺しの息子だからって、それがなんだ!俺は俺だ!」と、はねのけられるくらいの強さと、どんな状況でもうまく立ち回れる賢さを持った子供だったはずです。妹を守りたいという責任感と、優しさも持っている子供でした。

読書中に、重松清「疾走」を、何度か思い出しました。犯罪を犯すにいたる少年は、絶望的な「孤独」に苦しんでいる。誰でもいいから、大輔をきちんと見ていて、必要な言葉を投げてあげられる大人がいればよかったのに、そうしたら、大輔と絵里の悲劇は起きなかったのに、と、悲しく思います。「疾走」と違い、大輔には実の母親がいて、祖父母がいて、伯父も伯母も近くにいました。でもみんな、大輔が表面的に優等生であることに満足し、大輔の言葉を鵜呑みにし、大輔に秘密を持ち、大輔とちゃんと話をしようとはしなかった。誰かが彼の話を聞き、彼に真実を知らせ、彼が余計な不安に脅えずにすむように、導き、支えてあげなければいけなかったんだと思います。

特に、母親の香織には、これからその責任をじっくり感じて欲しいです。「風紋」からずっと読んでくると、彼女には大いに同情の余地があるのですが、だからって、親としての責任をすべて投げ出して良いはずがありません。「風紋」では香織も被害者でしたが、「晩鐘」の香織は加害者だと思います。今度はすべてを松永1人のせいだと言って、被害者ぶっているわけにはいかないはず。(でも・・・香織のことだから、そうするような気がしますけど。)

大輔が背負ってしまったものは重すぎます。本当に暗く、救いのないラストでした。(最後の絵里のセリフが、どこか演劇臭くて不自然だったのが、逆に良かったです。あの違和感を感じなかったら、電車の中で号泣するところでした・・・。)彼は、数年後、少年院を出てくるでしょう。そして・・・どんな人生を送るのでしょうか。松永や香織との親子関係は、どうなってしまうのかな。兄を殺されたいずみの将来も気になります。

この本の中では、完全に脇役で、小エピソードにおさまっていましたが、松永の弟、和之の自殺も、大事件ですよね。松永は、不倫相手を殺した結果、弟を自殺に追い込み、息子を殺人犯にし、娘を殺したことになります。刑務所で罪を償ったとはいえ、彼が罪を償いきれることなどないのではないでしょうか。

並行して、7年前の事件で母親を殺された、真裕子の物語も語られます。真裕子は24歳になっており、モデルハウスに勤めながら、一人暮らしをしています。人を信じることができず、自分を見失い、根拠のない不安と恐怖にさいなまれた7年間。真裕子の苦しみは、終っていません。この7年の間に、父親は再婚し、真裕子には義母と義弟ができました。姉も結婚して子供を生み、すっかり落ち着いています。真裕子だけが、母を裏切った父と、母を苦しめた姉を、許すことができず、新しい家族に馴染めずにいます。

「風紋」の続編としての真裕子の物語は、新聞記者、建部と恋愛をして、信頼関係を築き、婚約して、ハッピーエンド、というシンプルな構造です。どっぷり彼女に感情移入して読んできた読者の1人としては、嬉しい結末です。でも、本当は、ここですべてがすっきり解決ってわけではないですよね。根強い人間不信や、亀裂の入ったままの家族との関係が、完全に癒されるには時間がかかるでしょう。たかが(などと言ってはいけないのかもしれませんが)恋愛なんかで、すべてあっさり解決というわけには行かないはずです。恋愛をしても結婚しても、血縁関係は切れないし、過去は消えないし、真裕子の人生はあの事件から切れ目なく続いていく。2人の結婚生活にも、なんらかの影響があるのではないでしょうか。その部分を読みたいような、読みたくないような複雑な気分で、だからハッピーエンドが物足りないような気もしないではありません。

数年後、さらに続編が出る、ということはあるのかな。少なくとも、真裕子の物語は、もう、物語の幹になれるほどには残っていないと思います。(っていうか残っていないで・・・お願い。もう、彼女には、このまま幸せになって欲しい。)あとは、妹を殺してしまった大輔の人生と、兄を殺されたいずみの人生が気になるので、それを書きつつ、真裕子の幸せなその後をちょっと教えてくれるような続編を、期待します。

昨日は、前作「風紋」が、宮部みゆきさんの「模倣犯」に似ている、と、書きましたが、こちらの「晩鐘」のほうが、新聞記者が主要人物というところで「模倣犯」を連想しやすいような気もしますね。「風紋」「晩鐘」2つあわせて、やはり「模倣犯」や、東野圭吾「手紙」、真保裕一「繋がれた明日」、永井するみ「希望」、薬丸岳「天使のナイフ」あたりの作品群を思い出します。単純に、犯罪の真相をあてるミステリーではなく、関係者の家族や、マスコミや、加害者のその後など、犯罪の周辺部を描いた作品。近年、たくさん出版されているようですね。もう、そのアイデアだけでは珍しくありませんが、その中でも「風紋」「晩鐘」は、踏み込みの深さという点で、頭1つ抜け出しているような気がします。

エンターテイメントとしては、あまりに長く、重く、暗く、かといってお涙頂戴のわかりやすい悲劇でもなく、簡単に人にオススメできる本ではないのですが、やはり名作だと思います。
| な行(乃南アサ) | 11:43 | - | - |
★ 風紋 乃南アサ
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風紋〈上〉
乃南 アサ
双葉社 1996-09

by G-Tools , 2006/05/23




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風紋〈下〉
乃南 アサ
双葉社 1996-09

by G-Tools , 2006/05/23




「犯罪被害者に限定して言えば、事件の加害者となった人間以外はすべて、被害者になってしまうのではないかと、私はそんなふうに考えている。そして、その爆風とも言える影響が、果たしてどこまで広がるものか、どのように人の人生を狂わすものかを考えたかった」

あとがきより
再読。とにかく長い本ですが、その長さが苦にならないくらい、読ませる本でした。1つの犯罪によって狂わされた、登場人物の運命が気になって、どんどん読んでしまいます。それに、長いだけのことはある本です。読み応えがありました。

高浜真裕子は、M女子高校の2年生。修学旅行を楽しみにし、通学途中に見かける他校の男子生徒に心をときめかせ、学校帰りには友達とオムライスを食べる、そんなごく普通の少女です。しかし、ある日突然、専業主婦だった母親を殺されます。

この事件をきっかけに、まさに「風紋」のように広がっていく、悲劇の連鎖を描いています。

その日、家庭内暴力で母親を苦しめていた浪人生の姉と、浮気を続け家庭を顧みていなかった父とは、なかなか連絡がつきませんでした。真裕子は1人で帰ってこない母親を心配し、警察からの連絡を受け、遺体を確認することになります。彼女が受けたショックは計り知れません。

警察の捜査、そして裁判で、事件の真相が明らかになるにつれ、彼女はさらなる精神的ダメージを受けることになります。家庭の事情が次々に暴かれて、家族とも親戚ともギクシャクし、マスコミに追いかけられ、近所でも学校でも噂になり、居場所を失い、追い詰められてきます。

しかし、ダメージを受けたのは、真裕子とその家族だけではありません。もう1つの家族も、悲劇に見まわれています。加害者として逮捕されたのはM女子高校の教師、松永で、彼の妻である香織と、彼の弟である和之も、人殺しの家族としてすべてを失い、次第に追い詰められていきます。

この本では、裁判の結審までが描かれます。裁判は加害者をどう裁くかが中心であり、被害者については、忘れられていくだけです。「私、裁判って、お母さんのためにやってくれるんだと思ってた。本当に。」という、真裕子の言葉が辛かったです。

被害者と加害者の間に、本当はいったい何があったのか、裁判で明らかになる事情だけでは、真裕子はもちろん、読者だって納得できるとは言えません。でも、それがなんともリアルでした。殺したものと、殺されたもの、当人にしかわからないことがあり、それは、警察が明らかにすることもできなければ、裁判で裁けるものでもない。理不尽な1つの死の前で、残されたものが、推理小説のようにすっきりと納得できることなんてないのでしょう。

宮部みゆきさんの「模倣犯」を思い出しました。被害者の遺族や、加害者の家族、マスコミなど、犯罪の周辺にいるすべての人に焦点をあて、奥行きと広がりのある重厚な物語にをつくっている、という点で似ています。「模倣犯」のほうはミステリーの色合いが強く、社会派の問題提起作品ではありますが、上質のエンターテイメントでした。この「風紋」はミステリーではありますが、より深く、よりリアルに、登場人物の心情に踏み込んで描かれており、エンターテイメントというだけではない重みのある本です。「模倣犯」の知名度を考えると、この本も、もっと有名になって、もっと評価されても良かった本なんじゃないかなあ。

続編として「晩鐘」が出版されています。こちらが未読だったので読もうと思って、まずこの「風紋」を再読しました。明日、「晩鐘」の感想をUPします。
| な行(乃南アサ) | 16:21 | - | - |
▲ ひまわりの祝祭 藤原伊織
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ひまわりの祝祭
藤原 伊織
講談社 1997-06

by , 2006/05/25

かつては売れっ子デザイナーだった秋山は、妻の自殺以来、ひきこもり気味に暮しています。そんな秋山の元に、かつての上司が「100万円を捨てて欲しい」という奇妙な依頼をしに来るところから、彼は、ゴッホの8枚目のひまわり、という幻の名画をめぐる抗争に巻き込まれることになります。

淡々としていながらも、ユーモラスな感じのする文章は読みやすかった。展開はスピーディで面白かったし、謎の解決部分もすっきりしていて良かった。だがしかし。どうも・・・インパクトが弱い。特に心が動かされなかったので、すぐに忘れてしまいそうです。

秋山と亡くなった妻、英子との絆、という部分で感動できなかったというのが、私にとっては大きなマイナスポイントでした。

学生時代に、英子は言いました。「私、秋山さんと結婚するんです。そして秋山さんをこの残酷な世界から守るの。静かな生活で守るの」。そして、彼女が亡くなった今、秋山は言います。「約束の誠実な履行。僕に約束した静かな生活を、彼女はただひとりで守り抜こうとしたのだ。だが、僕はそうではなかった。この残酷な世界から英子を守ることができなかった。」

えー?そうですか?なんか根本的に納得できない・・・。

英子さんは確かに素敵ですよ。英子さんが悩み苦しんでいた時期に、何も気づかなかった秋山はダメ男ですよ。でも、だからこそ、英子さんが妊娠した状態で自殺するという展開はありえない!秋山が自分の死後どれだけ苦しむか、彼女なら想像がつきそうなものですし、知的な彼女のことですから、秋山が苦しまずにすむような、遺書の1つも残すでしょう。

そこで引っかかってしまったので、感動できずに終りました。残念。

「テロリストのパラソル」の直後に読んだのは失敗だったかなあ、と、思います。登場人物の配置や、物語の構成が、そっくりなのが目に付いてしまいました。でもこれって、この2作に限った話ではなくて、ハードボイルド小説のお約束ってやつなのかな。私にとってはその部分が、「テロリストのパラソル」ではすごく新鮮に感じられ、好感を持てたのだけど、2つ続くともうお腹いっぱい。

「爆弾テロと全共闘」よりは、「ファン・ゴッホの幻の名画」のほうが、物語の味付けとしては、私好みのはずなのに、「ひまわりの祝祭」はどうも印象が薄い。少し時間を置いて、「テロリストのパラソル」を忘れた頃に、もう一度読みたい本です。感想が変わりそうな気がします。
| は行(藤原伊織) | 14:53 | - | - |
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