「グラン・ヴァカンス」の感想を書いたら、色んな人からオススメされた、飛浩隆さんの短編集。単純に、すごくよかったです!テクニックのある作家さんなんですね。もちろん、それだけじゃないんでしょうけど。
文体は硬いのですが、あらゆるものの描写が緻密で、表現が豊かで、文章が美しいので、けして読みづらくはありません。ストーリーもけして奇抜ではない。それなのに、どの作品を読んでも、自分の感覚や、感性を、極限まで研ぎ澄ますことを、要求されているような気がしました。(←ものすごく誉めています)
4つの作品が収められているのですが、1作目の「デュオ」だけはちょっと異色。これはジャンルで言うと、サイコホラーが一番近いと思います。でもミステリーでもあるし、もちろんSFでもある。
ふたごのシャム双生児、デネスとクラウス。左腕を操るデネスと、右腕を操るクラウスは、完全に協調することが出来、二人合わせて、天才的なピアニストです。伴奏をしていても、一流の音楽家であるソリストをリードしてしまうほどの。主役は、彼らのピアノのために呼ばれた、調律師のイクオ。敏感な耳を持ったイクオは、このふたごのとある秘密に気づき、彼らを助けようとしますが・・・。
デネスとクラウスは、聾唖者です。耳が聞こえず、手話で話します。ふたごがイクオに出会った日に言ったこのセリフ、
「ぼくは音楽だけはちゃんと聴けるんです。メロディも、音色も、感情もすべてわかる。音楽のうち音以外のすべてが」
この言葉の意味が、わたしにはまったくわからなくて。若い純文系の作家さんにたまにいる、イメージ先行型で言葉遊びをしているだけの、中身のない本だったら好みじゃないな、と、思いました・・・。でも、ごめんなさい。大間違いでした。このセリフが、この物語の出発点でした。デニスとクラウスは、なぜ耳が聞こえないのか。なぜ音楽だけは聴けるのか。物語の大きな謎の1つでした。
骨格のしっかりした、複雑な小説で、ストーリーを把握するだけでもかなりの集中力が求められます。でも、集中力総動員で読むだけの価値はあります。「そうです。私が、彼をころしました。」という独白ではじまる、誰が誰をどうやって殺したのか、というミステリーでもあるので、ネタバレしたくないから、あんまり書けないけど、すごくよかったです。
予想外の展開と結末に、あっと言わされます。それに、とても哀しい物語なんです。自己を表現する手段を持たないものの、悲しみと怒り。喪失感と無力感。後悔と恐怖。色んな人の色んな感情が痛くて、背筋がぞっとするような中編でした。
結局は奏でられる事のなかった、和解の音楽、聴きたかったです。
さて。2作目から4作目までは、SFらしいSFです。
3作目の「夜と泥の」は、イメージの魅力がとても強かったです。特に、沼地の泥の中から現れる少女の描写はすごい。年に一度の夏至の夜に、光を凝集するように立ち現れ、月光を浴びて舞い踊り、腐り落ちて泥に還る少女。詩的です。でも、この小説は詩的なだけでは終わらず、この惑星の秘密を明らかにする、ちゃんとしたストーリーがあります。面白かったです。
そして、4作目の「象られた力」。惑星・百合洋(ユリウミ)が住民もろとも消滅して一年。隣の惑星・シジックのイコノグラファー・圓(ヒトミ)は、百合洋の言語体系に秘められた、「見えない図形」の解明に取り組んでいます。圓の周辺では、百合洋の図形をモチーフにしたアートが。様々な形で異常なほど流行しています。しかし、その図形には、世界を破滅に導くほどの力があったのです。そして・・・
という、パワフルで、壮大な、混乱と滅亡の物語。読み応えがありました。そして、他の作品は海外SFっぽい、と、感じたんだけど、この作品はとても日本的な気がしました。なぜかは・・・自分でもよくわからないけど。
さて。ここまで読んでくれた人にはわかると思いますが、わたしは「デュオ」が一番好きでした。好みの問題だけではなく、この作品だけ、突出して、レベルが高いと感じました。SFを好きな人なら、「象られた力」が一番良い、と、言うかもしれません。私も「象られた力」は、かなり好きでした。でも、SFを読み慣れていない人には、きっと読みづらい小説だよね。
短編集全体としては、作品選択を誤ったような、並べ方が悪いような、そんな気がします。まあ、まずは作品ありき、だったようですから、仕方ない部分もあるとは思うけど・・・それにしても。
まず、「デュオ」が、テーマも雰囲気もジャンルも、ポーンと浮いちゃってるのが気になる。それを最初に入れるって、どうなのよ、とも思う。「夜と泥の」と「象られた力」は、同じ世界のストーリーらしいので、連続して収録するくらいなら、この世界だけで本にすればいいのに、と、思う。「呪界のほとり」は・・・なんで収録しちゃったんだろうね<失礼 m(__)m。まあ、ちょっとは面白かったけど・・・ユーモアっぽいものを1つ入れようと思ったのかなあ。
というわけで、この短編集自体には、若干の文句があるけど、本が好きな人には、「デュオ」だけでも読んでみて欲しい、と思います。「デュオ」は、とてもオススメです。