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● 死日記 桂望実
死日記死日記
桂 望実

小学館 2006-06-06

恐い本かと思って読んだら、全然違いました。グッと物語にひきつけられる面白いサスペンスであり、そして、泣ける本でした。ひさびさに涙腺をやられました。悲しい物語でした。でも、かなりのオススメ本だなあ、これは。

「死日記」の書き手は、田口潤、14歳。俳優志望の友人、小野に、「脚本家になれ。」と、言われた事をきっかけに、文章の練習として、日記を書くことに決めました。もともと本が好きで、文章を書く事も好きだった潤は、毎日ほとんど欠かさずに日記を綴ります。中学3年生にしては語彙が豊富だし、日記にしては客観的な描写が多いのですが、それもこれも日記を書く理由が最初は「文章の練習」だからだ、と考えると不自然さはありません。

この本は、ほとんどがこの、潤の日記で占められています。

潤の暮らしは、貧しくて、孤独です。実の父親が亡くなって、母親と2人で暮していた家に、母親の新しい恋人である加瀬が寄生するようになりました。仕事をせず、ギャンブルで借金を重ね、酒を飲んでは母親に暴力をふるう加瀬。そんな加瀬にすがりつき、盲目的に尽くし、潤をないがしろにする母親。潤は2人の関係に苛立ち、怒りを覚えますが、ただひたすら、母親の幸せだけを祈っています。

ノートを買うことができないので、潤は学校のゴミ焼却場で、使いかけのノートを拾い集めます。公共料金を払えないので、度々電話や電気や水道は止められてしまいます。母親は何日も帰ってこない事があり、満足な食べ物が用意されていないこともしばしば。潤は、新聞配達のアルバイトを始めますが、食料がなくなった時のためにと、給料のほとんどを貯金してしまいます。

物語が進むにつれて、潤の生活はどんどん悲惨になっていきます。家族以外の周囲の人々が、潤を気にかけ、温かく見守ってくれる事が、この物語の大きな救いではあります。でも、中学3年生といえば、普通は反抗期もいいところで、すべての大人がうっとうしいという時期ですよね。担任の先生や、用務員のおじさん、バイト先の店長などに潤が可愛がられ、潤が彼らを慕う様子は、どんなに潤が寂しいのか、という事を浮き彫りにするばかりで、いいエピソードなのに悲しくなってしまいました。卒業式の日の日記は、そういう意味で、泣けました。

こんな風に、環境に恵まれなかったせいで心が荒み、犯罪に走ってしまう少年を題材にした小説は、たくさんありますよね。でも、この日記から浮かび上がってくる潤という少年の心は、最後まで荒みません。たとえば、両親に愛されて育ち、未来への可能性を持っている小野を、普通だったら羨ましく思い、付き合い続けるのが辛くなったりするのではないでしょうか。でも潤はそうではなく、友人として小野を心配し、応援します。小野の両親や、担任の先生が見せてくれる「温かい家庭」というものにも、潤はただ感動し、その親切に感謝します。近所のおばさんや、バイト先の店長がくれるプレゼントも、心の底から喜びます。日記の中の潤は、貧しい自分を恥じて目を伏せ、誰かを妬んだり、恨んだりしてひねくれて、心を荒ませることはないのです。

そこが最初は、あまりにもいい子過ぎて、不自然に思えました。でも、この日記は、「文章の練習」として始まったものですし、途中からは、誰かに読まれる事を前提に書いたものなんですよね。潤は、自分に訪れる不吉な運命を早いうちから予感していて、自分の死後、この日記を誰かが読むかもしれない、と、考えている。まあ、潤がノートを拾ってでも日記を書き続ける姿というのは、それ自体が彼の生きがいであるような、命綱になってしまったような、そんな切実さがあるので、日記に書かれている事に嘘はない、ということは信じられるんですけど。かといって、日記から浮かび上がる人物像が、潤のすべてだったとは考えづらい。

書きかけの小説を読めばわかるように、そして、時々は日記の行間ににじんでしまっているように、潤だって人をうらやんだり、憎んだりしなかったはずはないのです。自分の育った環境や、待ち受けている運命を、恨まなかったはずもない。でも、潤は必死になって、そういった自分の「醜い心」と戦っていたような気がします。無力な子供の身で、自分と母親の明日をどうすることもできなくても、心だけは荒ませないようにと、努力していたように感じられます。日記の中で潤は「母さんを疑っている自分が、イヤでイヤでしょうがない。」と、書いていますが、潤は母親に対してだけではなく、周囲の他の人に対しても、理不尽な出来事に対しても、純粋さや誠実さを保ちたいと願い、努力してそうあり続けたんだと思います。「いい子過ぎて、不自然」な日記の中から、そんな葛藤が見える気がして、切なさ倍増でした。潤はまるで、修行中の僧侶の卵のようです。

逆に、この本の中ではもう最高に悪者である、潤の母親、陽子の描写は、嫌になるくらいリアルでした。陽子は、DVの犠牲者になってしまう女性の典型ですね。DVはもちろん加害者が悪いんですけど、そこから逃げ出せない被害者にも、精神的な問題があるんですよね。陽子の場合は、潤の父親が亡くなった事で立ち直るチャンスを得たのに、そして、潤みたいな可愛い息子が彼女を求めているのに、結局また似たような男に捕まってしまう。なんてリアル!児童虐待のニュースを見るたびに、彼女の事を思い出しそうです。

というわけで、潤があまりに可哀相で、読み進めるのが辛いような本なのですが、この物語を最後まで読ませる牽引力となるのが、日記の合間に挿入される、取調べのシーンです。こちらでは、潤の母親である陽子が、刑事の取調べを受けています。この構成のおかげで読者には、潤の家庭に何か大事件が起こるのだという事が、最初からわかる。潤の運命をどうしても知りたくて、日記を読みすすめてしまいます。

そして・・・ラストで泣いてしまうんだなあ。
| か行(その他の作家) | 02:11 | - | - |
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