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■ レインツリーの国 有川浩
レインツリーの国レインツリーの国
有川 浩

新潮社 2006-09-28

同じ本に強い思い入れを持つ同士として、ネットを通じて出会った、伸くんと、ひとみ。2人の恋は、ひとみが難聴者だったこともあって、万事が順調というわけにはいきません。2人の気持ちが通じ合いますようにと、祈りながら読まずにはいられないような本でした。

コンプレックスを捨てられなくても、それに負けない。他人と自分を比べない。僻まない。ひねくれない。伝えたい事は丁寧に言葉にする。そんな大切なことを、久しぶりに思い出させてもらいました。いい本でした。

まあ、大人の読む恋愛小説としては、ベタでくさくて痒いかな〜。伸くんの理屈っぽさも、ひとみのちょっとしたひねくれぶりも、2人のやりとりするメールがあまりに多弁であることも、まだまだ青いのおって感じで・・・自分がとても年寄りになった気がしました(笑)。正直、有川浩さんは、「自衛官が地雷処理とかで失敗して難聴になったりする」ような小説のほうが向いていると思います。

聴覚障害者の世界、あるいは彼らの社会について、まったく基礎知識のない人には、ぜひ読んでほしい本です。聴覚障害というのは、単に音が聞こえないから不便という以上に、社会生活上のコミュニケーション障害という側面がとても大きいんです。目や手や足など、その他の機能に障害をおった場合とは、ずいぶん問題の種類が違ってきます。見た目ではわからないので(この本のひとみは、難聴なので補聴器をつけていますが、完全に聞こえない人は、たいてい何もつけていませんから。)、気にとめる機会が少ないかもしれませんが、聴覚障害のある人って、とってもたくさんいるんですよ。

・・・と、まあ、読んでしばらくたった今なら、冷静な感想を書けますが・・・。実際に、この本を読んでいるときは、大変でした。



今ではほとんど健康な人と変わらない生活を送れる私ですが、20代のほとんどは、病気で棒にふっています。「彼のことを好きであればこそ、自分に関わらなかったら普通の人生を歩めるはずの彼を、付き合わせるわけにはいかない」、なんていう、僻みっぽい思考回路は、まさに当時の私のものです。いまだになんとなくそこから卒業しきれない私には、アイタタって感じでした。

それに、わたしにとって聴覚障害というのはとても身近です。わたしの母は手話が出来るので、ずっと地元の手話サークルで、ボランティア活動をしたりしていました。わたしの両親は2人とも、昔は印刷業界で仕事をしていて、印刷業界というところはその仕事の性質上、伝統的に聴覚障害者の雇用率が高いので、うちの家族は、何人もの聴覚障害のある人とお付き合いがあり、わたしはその人たちに可愛がってもらって育ちました。親とはまったく関係のないところで出会った友達にも難聴の人がいるし、両親が聾唖者という人もいるし、友だちになった後で耳が悪くなっていった人もいます。

だからわたしには、色んな種類の聴覚障害のある知り合いや、友だちがいます。中途失聴の人もいれば、先天性の人もいるし、難聴の人もいる。聾の人も、聾唖の人もいる。手話の人も、口話の人もいるし、指文字を中心に独自の手話で話す家族もいる。

そうやって知り合った人たちはみんな、わたしにとっては、親切で明るくていい人でした。友だちだから、あたりまえですけど。でも、ことグループでの飲み会や、ピクニックや、パーティーということになると、面倒な人に思えたことも確かです。いくら周囲がフォローしようとしても、限界はあります。彼らが大勢の中で楽しめず、無愛想で、無神経で、怒りっぽい人に見えるのは、ある程度しかたがない事です。しかたがないんだけど、やっぱり、誰にも悪気が全然ないのに、場がギクシャクしてしまうのは悲しい事だし、友だちが沈んでいる姿は見たくないものです。

そんなわけで、私にはこの本に書いてあることが、いちいち、昔の切ない思い出につながります。ひとみのパートではひとみに共感しまくり、伸くんのパートでは伸くんの気持ちもわかりすぎるほどわかり、一言一言、一文一文に、泣けたり腹がたったり大変いそがしい読書でした。かなりの疲労困憊度、です。この話が悲恋で終っていたら、私、そうとう打ちのめされたと思います。とりあえずのではありますが、ハッピーエンドで良かった・・・。
| あ行(有川浩) | 01:06 | - | - |
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