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● 四度目の氷河期 荻原浩
四度目の氷河期四度目の氷河期
荻原 浩

新潮社 2006-09-28

簡単に言うと、思い込みの激しい孤独な少年の、父親探し、ひいては自分探しの物語です。

学者の母親と2人暮しのワタル。父親がいないこと、目や髪の色が薄いこと、独特の色使いで絵を書くこと、走るのがとても速いこと。幼い頃から周りの子供とは少し違っていたワタルは、差別やいじめにあい、辛い少年時代を送ります。かなり重くて暗いです。重松清風・・・と、思ってしまったのは、「疾走」にどこか似ているからでしょうか。思春期までのワタルの孤独の深さと絶望感といったら、本当に荻原さんの本だろうか、と確認してしまうほどでした。基本的には、重くて暗い小説でした。

でも、ユーモラスなシーンもたくさんあります。自分でも、自分が「トクベツ」であることを自覚し、自分の父親は誰だろうと考え続けていたワタルは、なんと、自分の父親がクロマニョン人である、という結論に、本気で達してしまうのです。そしてクロマニョン人の後継者として、いつかきっと来るはずの氷河期に備え、準備をはじめます。山を走り回って身体を鍛え、槍投げの練習のために陸上部に入り・・・。

そんな、彼にも唯一の友だち、そして理解者がいます。都会からの転校生で、サチという少女です。彼女も、父親が暴力をふるう家庭に育ったことで、孤独を抱えています。中学に入っても、高校に入っても、ワタルは孤独で、たった1人の家族である母親も癌で入院してしまいますが、サチは彼のそばにいつづけます。2人の会話も楽しく、微笑ましいです。

物語の終盤で、ワタルの出生の秘密が明らかになります。もちろん父親がクロマニョン人であるわけはなく、彼は自分が「思い込みが激しい」ことに気づき、そんな自分を笑ってあげられるようにもなります。

母親の死。本当の父親との対面。それらの後でワタルは、長い間「父」と信じていたクロマニョン人のミイラに会いに行くのです。そして・・・

終盤の展開が、本当に上手かったです。悲しくて、切なくて、でも爽やか。ネタバレはしませんが面白いので、長さに負けずに、ぜひ最後まで読んでほしいです。

重いエピソードが満載で、テーマは少年の孤独と成長で、どうしたって暗い小説なのに、笑えるシーンもちゃんとあって、その辺りのバランス感覚はさすが荻原さんです。「僕たちの戦争」や「明日の記憶」もそうでしたが、テーマが重くても、それを、逃げ場がないほど突き詰めて描くわけではなく、ユーモアと優しさで温かく包み込む。痛くない。読み応えがあるのに読みやすい。それが、荻原作品の特徴だし、だから私は、荻原さんのファンです。いい本でした。

でも・・・この後を描くかどうか、とても悩むのですが・・・。感想はここでやめても、いいような気もするのですが・・・。

出生の秘密、あるいは、家庭の事情があって、孤独な少年時代を送った青年の心の軌跡を描いた物語。あるいは、周囲との違和感に悩む少年が、自分探しをしつつ、成長する物語。というのは、ありすぎるほどよくあるテーマだと思うんです。純文学の一大テーマだと思うし、あらゆるジャンルの中にこのテーマは散りばめられています。それらと、この本を比較すると・・・どうかな?父親がクロマニョン人だと思い込むという発想は面白かったけれど、それ以外の部分は「よくある話」以上のものだったかな?微妙です。

それに、荻原さんの持ち味である、暗さや重さを突き詰めない「寸止め」のバランス感覚が、このジャンルでは長所かどうか微妙です。このジャンルには本当に暗くて、痛くて、心が塞がれて、途中で読むのをやめたくなるような本がたくさんありますよね。そういう本はそういう本で、好きかと言われると困るのですが、やはりこの本は、そういう物に負けているように見えてしまいます。たとえば「疾走」と比べると。あるいは「晩鐘」乃南アサ や、「白夜行」東野圭吾 と比べても。(たとえば・・・にミステリィしか出てこないあたり、私の読書傾向の偏りがうかがえますね・・・。)そしてそれを補うほどのオリジナリティが「クロマニョン人」にあったかどうかは、微妙です。

というわけで、☆をつけたいくらい読み応えのある本だったけど、○にしておきます。
| あ行(荻原浩) | 00:18 | - | - |
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