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■ ぼくのメジャースプーン 辻村深月
ぼくのメジャースプーンぼくのメジャースプーン
辻村 深月

講談社 2006-04-07

「ぼく」は小学校4年生。人を殺すことさえ出来る、強い「声」の超能力を持っているが、小さいころに母親に使うことを禁止されていらい、それを使わず、それについても深く考えないで生活してきた。

「ぼく」には大事なおさななじみのふみちゃんがいる。ふみちゃんは、学校のうさぎを可愛がっていて、うさぎたちの世話をすることより楽しいことはない、というくらいだ。しかし、ある日、うさぎたちが、惨殺されるという事件が起き、それを目撃したふみちゃんは、学校に来ることも、言葉をしゃべることも出来なくなってしまう。「ぼく」は、最初、自分の力をつかって、ふみちゃんの元気を取り戻そうとしたけれど、それができないことがわかって、結局、その力を、犯人に対する復讐に使うことにする。

ここまでのストーリーが、全体の4分の1くらいかなあ。そしてそのあとずーっと、ひたすら、この小説は「ぼく」と、ぼくのお母さんの知り合いで「ぼく」と同じ力を持った、「先生」とのディスカッション小説になります。200ページ以上えんえんと、罪と、罰と、反省と、償いと、責任と、そして能力の使い方に関する、超真面目な、子供らしくないディスカッション。

そうして、「ぼく」が最終的に下した、決断とは・・・?

子供が主役の超能力小説なのに、超能力を使うことについてここまで深く考えさせている小説って、それだけでめずらしいよね。力のあるものには責任があるということから、子供を全然逃げさせない。最後の決断に向けて、とことん追い詰める。

中でも、「ぼく」が加害者に復讐をしようとしているのは、うさぎのためでも、ふみちゃんのためでもなく、自分のためである、ということを認めさせられるくだりは秀逸。そして、「ぼく」自身もPTSD患者である、という点をはずさなかったのも、それと対になる、はずせないシーンでした。全体的に、心理劇としてすばらしかったです!

でもやっぱり、心理劇部分は、小説のバランスとしては長すぎ、かな。どうしてもテンポが悪くなってしまって、中だるみをおこしてはいました。終盤の展開はかなりよくて、私は好きだったので、終盤をもう少し延ばせばバランスがとれたかなあ、と、思います。あと、「子供たちは夜と遊ぶ」とのリンクが、けっこう意義あるリンクで、かなり嬉しい感じでした。

ああ、でも、辻村さん、とうとうミステリーではなくなってしまいましたね・・・。まあ、このひとの人物の描き方は、YAかジュヴナイルだろ、とは思っていたけど。でも、もうしばらく、ミステリーをやっていたほうがいい小説を書くと思ってたんだけどなあ。だって、この人からミステリーのかせをはずしてしまったら、自己愛の肥大した若者がひたすらウジウジと悩んでグルグルするだけの小説になってしまうじゃないか!

・・・と、思っていたら、やっぱりそうなってしまいましたね。今回は、主人公が子供という事と、「先生」というディスカッションの相手が存在したおかげで、それなりに読めるレベルだった(と、私は思いました)けど、このグルグル路線で辻村さんがどこまでいけるかは、微妙だと思う。グルグル路線はね、そこから卒業した人が書いてこそ、いい小説になりうるんだと思うから。

私は今でもまだ、辻村さんのファンです。辻村さんの成長に期待しています。まだまだ過渡期が続いている作家さん。次作、どっちに転ぶんだろう。ドキドキ。
| た行(辻村深月) | 08:22 | - | - |
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