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● 沼地のある森を抜けて 梨木香歩
4104299057沼地のある森を抜けて
梨木 香歩
新潮社 2005-08-30

by G-Tools

亡くなった叔母から、先祖代々の家宝であるぬか床を受け継いだ、久美。ある日久美は、そのぬか床の中に、青い卵があるのを見つけます。その卵が孵ると、幼馴染によく似た男の子が生まれて、そして・・・という所からはじまる、なかなか壮大な物語。久美は、この不思議なぬか床の謎と、自分の両親と叔母の死にまつわる謎の真相を求めて、自分の祖先の住む島へ旅に出ることになります。

前半が好きでした。面白かったです。基本的に私は、梨木さんの描く、ちょっと奇妙な生活感が好きなので、久美とぬか床の物語は、大好きでした。いやー、このぬか床、まじで恐いよぉ!生命を生み出すぬか床なのですから、普通じゃないのはもちろんで、だから当然恐いのですが、「ぬか床」を通して表現される、女性性のイメージがもっと恐かったです。代々の女たちの手のひらからにじみ出た怨念を、じっくり発酵させてできるぬか床。そこから生まれる、不安定な新しい命。おお〜!恐いよぉ〜!

文章のなんともまじめくさった感じも、おかしくておかしくて、楽しめました。こういうのは好きです。

でも、この本のメッセージ性という点には、ちょっと不満が残っています。ぬか床からはじまるこの物語が、自己の同一性や、生命の起源や、生態系の神秘など、壮大なスケールに発展してびっくりで、本当に読み応えはありましたが、説得力はないと思います。私は、置いてけぼりにされましたよ・・・。

他者と自己、そして、その境界の曖昧さ、という点に関して描かれている部分は、答えが出ない問いだけに、詩的で良かったと思うんです。でも、「命のものがたり」としては、どうかなあ?

まず、ジェンダー論についてのメッセージが、薄っぺらい気がします。久美も、もう1人の重要な人物である風野も、考えている事がステレオタイプすぎると思いました。「結婚せずにずっと生きてきた女性は、こういう思考で、こういう性格なんだろう」「自分の男性性を否定する人には、こんな過去があって、こんな思想を持っているだろう」という、いかにも、のパターンを、そのまま使っている感じがして、なんだか冷めてしまいました。しかも物語の山場となるのは「化学反応的な衝動」とか言えばかっこいいけど、雰囲気に流されたとしか思えないセックスで。それが、やけに美しく描写されていて、ますます薄っぺらく見えてしまうという・・・。

それに命の起源についても、すごく違和感があったんです。

宇宙で初めて生まれた、たった一つの細胞の「孤独」。その「孤独」ゆえに細胞は、増殖し、生き続けることを夢見る。それが、命の起源。それが、生命が存在する理由。

たった一つの細胞の「孤独」という発想や、その描写は、とても心を揺さぶられるものではあったのですが、ふと我に返ると、「あれ?」と、違和感を覚えるんです。

その最初の細胞は、いったいどこから来たのか。そしてどのようにして意志や思考や感情という、複雑なものを獲得するに至ったのか。そこを突っ込めない所に、梨木さんのというよりは、進化論を文学に持ち込むときの限界があるんですよね。だって、単細胞生物が「孤独」を感じられるわけないじゃん。(・・・っていうつっこみは、著者の提供する世界の中で楽しく遊ぼう、という私のポリシーには反しているし、野暮もいいとこだというのは、わかっているんですけど・・・。)

私はこの同じ違和感を、10年以上前にも感じました。新井素子さんの「今はもういないあたしへ・・・」という中編集があるのですが、その本が、ちょうどこんな感じなのです。収録作その1の「ネプチューン」という物語が、原始生物の、進化する意志を描いていて、その2の「今はもういないあたしへ…」が、自分はどこまでで自分なのか、という自己と他者の境界線について描いている。この中編集は、ライトノベルで、登場人物も若く、表面的にはそんなに似ていません。でもテーマもアプローチもとても似ていて、私の感じた違和感も似ています。

ちなみに、「今はもういないあたしへ・・・」という本のことは、そんな違和感も含めて、中学から高校までの数年間、私の「ベストブック」でした。大好きで、何度も読み返しました。そして「沼地のある森を抜けて」にも、上記のようなかなりの違和感を覚えてはいますが、やはり嫌いではありません。すべての生命が愛しくなるような、愛しい本だと思います。(廊下を這う粘菌を愛せるかどうかにはちょっと自信がありませんが。)

そうそう。プロローグと、エピローグが、上手いですんよね。最後まで読んでから、もう一度プロローグを読むと、余計に愛しい本です。それから、叔母、時子の日記の中の、素朴で純粋で感情的な、子供っぽいこの文章が、妙に心に残りました。
新しい命って、一体何なのだろう。命が新しくなることに、一体、意味なんてあるのかしら。だって命は命でしょう。別に新しくしなくたって、古いままでずっと継承していけばいいのに。新しくしようなんてするから、悲しい別れがあり、面倒な繰り返しがある。古いままでずっといけば、同じ過ちはいつか繰り返さなくなるだろうし、年追うごとに少しは賢くなってゆくだろうものを。
 
 
 
 
 
 
すごい読み間違いだったら恐いので、ここに書きますが、
理屈では、分からなくていい。だって本能なんだもん。
というのが、この本の言いたいことなのかな・・・って、
ちょっと思ったりしています。

自分の身体の中に、新しい命を宿しているときの神聖で幸福な感覚を、
理屈で説明する事は、絶対にできない気がしますから。
| な行(梨木香歩) | 00:17 | - | - |
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