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● からくりからくさ 梨木香歩
からくりからくさからくりからくさ
梨木 香歩

新潮社 1999-05

ひさしぶりの再読。

染色家になることを目指して修行中の蓉子。
美大で織物を専攻し、紬を織る紀久。
同じく美大生で、テキスタイルの研究をしている与希子。
鍼灸の勉強をしにアメリカからやってきたマーガレット。

蓉子は、市松人形のりかさんと共に生きてきたという事で、ミステリアスな雰囲気が強調されていますが、実は、物静かだけどしなやかに強くて、1番地に足のついた女性だと思います。この作品の中では、祖母の死とりかさんの不在を受け入れられず、静かな日常生活を大事にしながら、時がたつのを待っているといった様子です。

紀久のほうがずっと、蓉子よりミステリアスな女性だと思います。普段は穏やかで、優しくて、その機を織る音でみんなを安らがせてくれる存在です。でも本当は、激しい感情を内に秘めているんです。そして極限になると、それが機の音にあらわれてしまう。でも実は、したたかな強さを持っていて、梨木作品の女性性を象徴しているキャラクターだと思います。

与希子は紀久と正反対のように見えるキャラクター。好奇心が強く、自分の意見をはっきり言えて、行動力もある女性です。感情表現も豊かですが、実は4人の中で1番、精神的に安定しているようです。共感力も強くて、人の気持ちを理解してあげる事ができます。ただ、女性らしさという意味では、良くも悪くも未熟です。恐らくそこには、両親の離婚が影響しているのでしょう。

マーガレットは、勉強熱心で、正義感が強く、自己主張の強い女性。でも、いつもちょっと無理をして、突っ張って、頑張っているようなところが見えます。外国人だからということもあるのでしょうし、彼女のルーツも関係しているのかもしれません。

私は蓉子や紀久のような女性らしさや優しさに魅かれますし、マーガレットの強さと可愛らしさのギャップも素敵だと思うのですが、自分は、与希子タイプだなあと思います。読んでいて、共感できたのも、まるで自分のようだと感じたのも与希子でした。幅広く色んなものに手を出したい、器用貧乏なところ。内から湧き上がってくるものより、外からの刺激にインスピレーションを受けるところ。言いだしっぺになることも、リーダーシップをとることもできるのに、1人では完成できないところ。そして何より、女性として未熟なところ・・・。与希子が竹田君に対してとる言動は、身に覚えがありすぎてびっくりです。私も「・・・生身の○○君には、興味がない」と、何度か言ったことが・・・。



さて。

この本は、4人が、蓉子の亡くなった祖母の家である古い日本家屋で、共同生活をする1年を描いています。糸を染め、布を織り、庭の手入れをし、そこから取れる野草を料理する。古いものを大切にしつつ、そこから新しいものを生み出す。質素で堅実な彼女たちの生活には、かなり憧れます。実際にやってみたら、不便で大変なだけかもしれませんが、ずっと都会暮らしで、ひたすら物を消費するだけの私のような生活からは、けしてえられない喜びがあるんだと思います。

ある日、蓉子の人形、りかさんとよく似た人形を、紀久の祖母が持っていたことがわかってから、4人の静かで穏やかな生活に変化が訪れます。少しずつ、2つの人形の由来を巡る謎に迫っていく彼女たちは、自分たちがそれこそ蔦のように複雑な関係で結ばれている事を知るのです。そんな偶然ってあるかいっ!と、突っ込みたくなるほどで、凝りすぎなんすが・・・こういう複雑さって、私のようなミステリー好きには、こたえられない魅力があるんですよねー。複雑だっていうそれだけで楽しい!伏線もしっかりはってあるし、クライマックスへ向けて盛り上がっていく構成も見事!

もちろん、この本の魅力は、その謎解き部分だけにあるのではありません。人形、草木染、唐草模様、織物、竜女の面、といった小道具が、単なる雰囲気作りではなく、いくつかある大きなテーマに、それぞれみごとにつながっているのが、すばらしいんです。

人形や染物は、命の「お旅所」として登場します。この本は、生と死と命をめぐる物語でもあります。蓉子の祖母は、「命は旅をしており、体はたまたま命が宿をとった「お旅所」だ」と言いました。蓉子の染物の師は、「染物は草木の命を色に移し還る事だ」と言いました。蓉子は、染物も、命の長い長い旅路の、ひとときのお旅所づくりなのかもしれない、と考えています。

織物は、絵の具のようににじまない事から、永遠に交じり合わないことの象徴です。また、女性たちの手仕事の代表としても、焦点をあてられています。因習や家制度に縛られながら、嫉妬や憎しみを抱えて生きてきた女たちの連綿と続く情念が、そこにはこめられているのです。というわけで、フェミニズムもこの本の重要なファクターです。作中で、男尊女卑の大学教授と対決し、嫉妬に苦しんで、自らも「闇」を織った紀久は言います。
古今東西、機の織り手がほとんど女だというのには、それが適性であった以前に、女にはそういう営みが必要だったからではないでしょうか。誰にも言えない、口に出していったら、世界を破滅させてしまうような、マグマのような思いを、とんとんからり、となだめなだめ、静かな日常に紡いでいくような、そういう営みが。
テキスタイルを研究している与希子が、ずっと関心を持っている唐草模様は、タイトルにもなっており、たくさんの意味を持たされています。東洋と西洋の両方に古くから伝わってきた文化の象徴であり、連続することの象徴であり、永遠に混じり合わないことの象徴であり、変化することの象徴でもある。

与希子は特にキリムの文様を研究しており、マーガレットの家にあるというキリムにも興味を持ちます。マーガレットのルーツは、トルコで過酷な同化政策が強いられているクルド民族にありました。クルド民族の戦いは、日本の家意識という因習と同じように、「伝えること」の象徴として登場します。
人はきっと、日常を生き抜くために生まれるのです。
そしてそのことを伝えるために。
クルドの人々のあれほど頑強な戦いぶりの力は、恐らくそのことを否定されることへの抵抗からきているのでしょう。
生きた証を、生きてきた証を。
個人の小さな物語を、時間も場所も、時には生死さえ超えた、壮大で普遍的な物語にしてしまうのが梨木さん。読者に、過去と現在と将来を見せ、日本から飛び出し、世界を見せ、さらに現実を超えたものさえ見せてしまうのが梨木さん。面白いだけではなく、深くて、広くて、複雑で、私は「からくりからくさ」という物語がとても好きです。


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| な行(梨木香歩) | 00:13 | - | - |
★ 村田エフェンディ滞土録 梨木香歩
村田エフェンディ滞土録村田エフェンディ滞土録
梨木 香歩

角川書店 2004-04-27

歴史に忘れ去られた
青春よ、
目覚めよ。
語れ。
国や主義や民族を越えた
遥にかけがえのない
友垣への道すじを。

帯より
あ、これは「摩利と新吾」だな。ねえ?
このネタがわかった人は、中年であるか、オタクであるか、その両方か、ですよ(笑)。

それはそれとして。
この本は、もう、大好きです!

百年前、オスマン帝国末期のトルコに留学した、村田君の滞在記です。
基本的には、村田君の日常を、淡々とした筆致でつづった、地味な本。
私は古代中東史にも、近代日本史にも、興味があるので、楽しかったです。

村田君の下宿先には、世話好きの敬虔なキリスト教徒、ディクソン夫人、
村田君と同じ考古学者の、合理主義者で1番現代人っぽい、ドイツ人の、オットー、
なにやら退廃的な雰囲気をかもし出し、人々と距離を置くギリシャ人、ディミィトリス、
「奴隷」として働いている、現地のムスリム、ムハンマドといった、
国際色豊かな面々が同居しています。
さすが、西と東の出会う場所、トルコです。
彼らが、宗教や政治や国民性の壁を越えて、時にぶつかりながらも、
敬意を払いあい、友情をはぐくむ姿が、温かくて素敵でした。

主人公の日本人、村田青年の、生真面目すぎるキャラクターも最高です。
トルコの街中にいる、たくましいニワトリを見て、
来たばかりの頃は、この鶏達を見るたびに、ここにも学ぶべき師のあることを思ったものだった。これからの世、日本が西洋に伍してやってゆくためには、もっと自分というものを押し出してゆかねばならぬ。この西洋を眼前にした地において、自分がその術を学び、日本に持ち帰ることもまた、自分の為すべき務めと、心ひそかに任じていたのだが、その確信も心許なくなった。どうも私はその任に適当でないようだ。
ディミトリスに、苦手な乗馬に誘われると、
ここで断って日本人は馬にも乗れない、などという印象を与えるのは好ましくない。そうなっては国辱ものだ。
全部、本気だからおかしい。
村田君は武家の生まれで、この時代に留学するくらいですから、
基本的に、おっとりした、おぼっちゃんなんですよね。
おぼっちゃんが、日本男児として異国で頑張る姿が・・・かわいい&かっこいい!

忘れてはいけないキャラクターとして、
すごいタイミングで絶妙なセリフをはく、鸚鵡という存在も最高でした。

ラストが、ほんっとに良かったです。もう、大好き。
ぐっときたというか、きゅんとなったというか。
切ないです。鸚鵡の最後の言葉が泣ける。もう、大好き。(しつこい?)
私は人間だ。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない・・・
| な行(梨木香歩) | 00:02 | - | - |
● 沼地のある森を抜けて 梨木香歩
4104299057沼地のある森を抜けて
梨木 香歩
新潮社 2005-08-30

by G-Tools

亡くなった叔母から、先祖代々の家宝であるぬか床を受け継いだ、久美。ある日久美は、そのぬか床の中に、青い卵があるのを見つけます。その卵が孵ると、幼馴染によく似た男の子が生まれて、そして・・・という所からはじまる、なかなか壮大な物語。久美は、この不思議なぬか床の謎と、自分の両親と叔母の死にまつわる謎の真相を求めて、自分の祖先の住む島へ旅に出ることになります。

前半が好きでした。面白かったです。基本的に私は、梨木さんの描く、ちょっと奇妙な生活感が好きなので、久美とぬか床の物語は、大好きでした。いやー、このぬか床、まじで恐いよぉ!生命を生み出すぬか床なのですから、普通じゃないのはもちろんで、だから当然恐いのですが、「ぬか床」を通して表現される、女性性のイメージがもっと恐かったです。代々の女たちの手のひらからにじみ出た怨念を、じっくり発酵させてできるぬか床。そこから生まれる、不安定な新しい命。おお〜!恐いよぉ〜!

文章のなんともまじめくさった感じも、おかしくておかしくて、楽しめました。こういうのは好きです。

でも、この本のメッセージ性という点には、ちょっと不満が残っています。ぬか床からはじまるこの物語が、自己の同一性や、生命の起源や、生態系の神秘など、壮大なスケールに発展してびっくりで、本当に読み応えはありましたが、説得力はないと思います。私は、置いてけぼりにされましたよ・・・。

他者と自己、そして、その境界の曖昧さ、という点に関して描かれている部分は、答えが出ない問いだけに、詩的で良かったと思うんです。でも、「命のものがたり」としては、どうかなあ?

まず、ジェンダー論についてのメッセージが、薄っぺらい気がします。久美も、もう1人の重要な人物である風野も、考えている事がステレオタイプすぎると思いました。「結婚せずにずっと生きてきた女性は、こういう思考で、こういう性格なんだろう」「自分の男性性を否定する人には、こんな過去があって、こんな思想を持っているだろう」という、いかにも、のパターンを、そのまま使っている感じがして、なんだか冷めてしまいました。しかも物語の山場となるのは「化学反応的な衝動」とか言えばかっこいいけど、雰囲気に流されたとしか思えないセックスで。それが、やけに美しく描写されていて、ますます薄っぺらく見えてしまうという・・・。

それに命の起源についても、すごく違和感があったんです。

宇宙で初めて生まれた、たった一つの細胞の「孤独」。その「孤独」ゆえに細胞は、増殖し、生き続けることを夢見る。それが、命の起源。それが、生命が存在する理由。

たった一つの細胞の「孤独」という発想や、その描写は、とても心を揺さぶられるものではあったのですが、ふと我に返ると、「あれ?」と、違和感を覚えるんです。

その最初の細胞は、いったいどこから来たのか。そしてどのようにして意志や思考や感情という、複雑なものを獲得するに至ったのか。そこを突っ込めない所に、梨木さんのというよりは、進化論を文学に持ち込むときの限界があるんですよね。だって、単細胞生物が「孤独」を感じられるわけないじゃん。(・・・っていうつっこみは、著者の提供する世界の中で楽しく遊ぼう、という私のポリシーには反しているし、野暮もいいとこだというのは、わかっているんですけど・・・。)

私はこの同じ違和感を、10年以上前にも感じました。新井素子さんの「今はもういないあたしへ・・・」という中編集があるのですが、その本が、ちょうどこんな感じなのです。収録作その1の「ネプチューン」という物語が、原始生物の、進化する意志を描いていて、その2の「今はもういないあたしへ…」が、自分はどこまでで自分なのか、という自己と他者の境界線について描いている。この中編集は、ライトノベルで、登場人物も若く、表面的にはそんなに似ていません。でもテーマもアプローチもとても似ていて、私の感じた違和感も似ています。

ちなみに、「今はもういないあたしへ・・・」という本のことは、そんな違和感も含めて、中学から高校までの数年間、私の「ベストブック」でした。大好きで、何度も読み返しました。そして「沼地のある森を抜けて」にも、上記のようなかなりの違和感を覚えてはいますが、やはり嫌いではありません。すべての生命が愛しくなるような、愛しい本だと思います。(廊下を這う粘菌を愛せるかどうかにはちょっと自信がありませんが。)

そうそう。プロローグと、エピローグが、上手いですんよね。最後まで読んでから、もう一度プロローグを読むと、余計に愛しい本です。それから、叔母、時子の日記の中の、素朴で純粋で感情的な、子供っぽいこの文章が、妙に心に残りました。
新しい命って、一体何なのだろう。命が新しくなることに、一体、意味なんてあるのかしら。だって命は命でしょう。別に新しくしなくたって、古いままでずっと継承していけばいいのに。新しくしようなんてするから、悲しい別れがあり、面倒な繰り返しがある。古いままでずっといけば、同じ過ちはいつか繰り返さなくなるだろうし、年追うごとに少しは賢くなってゆくだろうものを。
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