ひさしぶりの再読。
染色家になることを目指して修行中の蓉子。
美大で織物を専攻し、紬を織る紀久。
同じく美大生で、テキスタイルの研究をしている与希子。
鍼灸の勉強をしにアメリカからやってきたマーガレット。
蓉子は、市松人形のりかさんと共に生きてきたという事で、ミステリアスな雰囲気が強調されていますが、実は、物静かだけどしなやかに強くて、1番地に足のついた女性だと思います。この作品の中では、祖母の死とりかさんの不在を受け入れられず、静かな日常生活を大事にしながら、時がたつのを待っているといった様子です。
紀久のほうがずっと、蓉子よりミステリアスな女性だと思います。普段は穏やかで、優しくて、その機を織る音でみんなを安らがせてくれる存在です。でも本当は、激しい感情を内に秘めているんです。そして極限になると、それが機の音にあらわれてしまう。でも実は、したたかな強さを持っていて、梨木作品の女性性を象徴しているキャラクターだと思います。
与希子は紀久と正反対のように見えるキャラクター。好奇心が強く、自分の意見をはっきり言えて、行動力もある女性です。感情表現も豊かですが、実は4人の中で1番、精神的に安定しているようです。共感力も強くて、人の気持ちを理解してあげる事ができます。ただ、女性らしさという意味では、良くも悪くも未熟です。恐らくそこには、両親の離婚が影響しているのでしょう。
マーガレットは、勉強熱心で、正義感が強く、自己主張の強い女性。でも、いつもちょっと無理をして、突っ張って、頑張っているようなところが見えます。外国人だからということもあるのでしょうし、彼女のルーツも関係しているのかもしれません。
私は蓉子や紀久のような女性らしさや優しさに魅かれますし、マーガレットの強さと可愛らしさのギャップも素敵だと思うのですが、自分は、与希子タイプだなあと思います。読んでいて、共感できたのも、まるで自分のようだと感じたのも与希子でした。幅広く色んなものに手を出したい、器用貧乏なところ。内から湧き上がってくるものより、外からの刺激にインスピレーションを受けるところ。言いだしっぺになることも、リーダーシップをとることもできるのに、1人では完成できないところ。そして何より、女性として未熟なところ・・・。与希子が竹田君に対してとる言動は、身に覚えがありすぎてびっくりです。私も「・・・生身の○○君には、興味がない」と、何度か言ったことが・・・。
さて。
この本は、4人が、蓉子の亡くなった祖母の家である古い日本家屋で、共同生活をする1年を描いています。糸を染め、布を織り、庭の手入れをし、そこから取れる野草を料理する。古いものを大切にしつつ、そこから新しいものを生み出す。質素で堅実な彼女たちの生活には、かなり憧れます。実際にやってみたら、不便で大変なだけかもしれませんが、ずっと都会暮らしで、ひたすら物を消費するだけの私のような生活からは、けしてえられない喜びがあるんだと思います。
ある日、蓉子の人形、りかさんとよく似た人形を、紀久の祖母が持っていたことがわかってから、4人の静かで穏やかな生活に変化が訪れます。少しずつ、2つの人形の由来を巡る謎に迫っていく彼女たちは、自分たちがそれこそ蔦のように複雑な関係で結ばれている事を知るのです。そんな偶然ってあるかいっ!と、突っ込みたくなるほどで、凝りすぎなんすが・・・こういう複雑さって、私のようなミステリー好きには、こたえられない魅力があるんですよねー。複雑だっていうそれだけで楽しい!伏線もしっかりはってあるし、クライマックスへ向けて盛り上がっていく構成も見事!
もちろん、この本の魅力は、その謎解き部分だけにあるのではありません。人形、草木染、唐草模様、織物、竜女の面、といった小道具が、単なる雰囲気作りではなく、いくつかある大きなテーマに、それぞれみごとにつながっているのが、すばらしいんです。
人形や染物は、命の「お旅所」として登場します。この本は、生と死と命をめぐる物語でもあります。蓉子の祖母は、「命は旅をしており、体はたまたま命が宿をとった「お旅所」だ」と言いました。蓉子の染物の師は、「染物は草木の命を色に移し還る事だ」と言いました。蓉子は、染物も、命の長い長い旅路の、ひとときのお旅所づくりなのかもしれない、と考えています。
織物は、絵の具のようににじまない事から、永遠に交じり合わないことの象徴です。また、女性たちの手仕事の代表としても、焦点をあてられています。因習や家制度に縛られながら、嫉妬や憎しみを抱えて生きてきた女たちの連綿と続く情念が、そこにはこめられているのです。というわけで、フェミニズムもこの本の重要なファクターです。作中で、男尊女卑の大学教授と対決し、嫉妬に苦しんで、自らも「闇」を織った紀久は言います。
古今東西、機の織り手がほとんど女だというのには、それが適性であった以前に、女にはそういう営みが必要だったからではないでしょうか。誰にも言えない、口に出していったら、世界を破滅させてしまうような、マグマのような思いを、とんとんからり、となだめなだめ、静かな日常に紡いでいくような、そういう営みが。
テキスタイルを研究している与希子が、ずっと関心を持っている唐草模様は、タイトルにもなっており、たくさんの意味を持たされています。東洋と西洋の両方に古くから伝わってきた文化の象徴であり、連続することの象徴であり、永遠に混じり合わないことの象徴であり、変化することの象徴でもある。
与希子は特にキリムの文様を研究しており、マーガレットの家にあるというキリムにも興味を持ちます。マーガレットのルーツは、トルコで過酷な同化政策が強いられているクルド民族にありました。クルド民族の戦いは、日本の家意識という因習と同じように、「伝えること」の象徴として登場します。
人はきっと、日常を生き抜くために生まれるのです。
そしてそのことを伝えるために。
クルドの人々のあれほど頑強な戦いぶりの力は、恐らくそのことを否定されることへの抵抗からきているのでしょう。
生きた証を、生きてきた証を。
個人の小さな物語を、時間も場所も、時には生死さえ超えた、壮大で普遍的な物語にしてしまうのが梨木さん。読者に、過去と現在と将来を見せ、日本から飛び出し、世界を見せ、さらに現実を超えたものさえ見せてしまうのが梨木さん。面白いだけではなく、深くて、広くて、複雑で、私は「からくりからくさ」という物語がとても好きです。