何年も前に夫に恋人がいることを知り、深く傷つきながらも、自分のスケジュールを頑なに守り、表面上は穏やかに暮している美和。
子供の頃に母親に捨てられ、その心の傷を今も抱えたまま自由奔放に生きながらも、孤独を感じずにはいられない絵梨。
幼馴染の2人は、大人になってから創作ビジュー(アクセサリー)の「クレソプレーズ」というブランドを立ち上げました。ブランドはゆっくりとではありますが、確実に売り上げを伸ばしています。
2人のアトリエには、絵梨の元恋人で17歳の家出少年、ミチルが入り浸っています。帰る場所を持たず、漂うように生きているミチルは、いつのころからか、美和と週に一度関係を持つようになりました。
この本は、簡単に言えば、美和、絵梨、ミチル、の三角関係を描いた恋愛小説です。でも、ミチルをめぐる、女2人の争い、などという単純なものではありません。それぞれがそれぞれに対して、複雑な心情を抱えています(複雑と言っても、憎しみや怒りといった暗い方向ではないのですが・・・。)トライアングルの頂点は読み方によって、誰だとも思えるけれど、私にはやっぱり美和だったんだと感じました。
三人三様に傷つき、精神的に不安定な状態にあるけれど、絵梨とミチルの傷が子供の頃に刻まれたものであるのに対し、美和には優しい母親と暮した安定した少女時代がありました。だから、絵梨とミチルは、どうしようもなく美和に魅かれ、時に傷つけたくなるほどに、甘え、依存してしまうんだろうな、と思います。そして、絵梨とミチルの関係のどうしようもなさって、そのあたりにあるように思いました。かなり、似たもの同士ですもんね。
章が変わるごとに、視点と語り手も変わる構成になっています。1章の「月の石」が美和、2章「アクアマリン」がミチル、3章「赤瑪瑙」が絵梨によって語られた後、目次を見直して、残りの「クレソプレーズ」と「真珠」の章は、どうなってしまうのだろう、と、注目したのですが、残り2章がかなり意外で、でも、すごく上手かった!特に最後の章には、書き出しから、ラストまで、すっかりやられっぱなしでした。
友情と、愛情、癒しと、許し。そして、喪失と、再生の物語です。美しい天然石の描写と、優しい人々の傷ついた心が癒されていく描写が、共に穏やかな筆致で描かれています。物語の展開は波乱万丈なのに、印象はとにかく静かで、感動的な一冊でした。
ちょっと谷村志穂さんっぽいなあ、と、思いました。でも、谷村さんの本の主人公たちは、もうちょっとメンタルな部分でのたくましさを本当は持っている人々で、だから心理描写もリアルでなまなましい。この本は、登場人物がみんな痛々しいほど弱くて繊細で、だから谷村さんの本より少し少女趣味な感じがします。だからと言って心理描写が「甘い」小説かといえばそんなことはなく、けっこうリアルで容赦がない。野中さんの新しい引き出しのような気がするんですけど、どうでしょうか。野中作品「らしく」ないように思いました。一皮むけた、というか、成長した感じ(・・・だなんて、わたしが言うのは、生意気なんですけど。)
まだ野中作品を全作品を読んだわけではありませんが、いまのところこの本は、私の中で、野中柊さんの作品の中ではベスト。いい本を読みました。
この本は完全に女子向けです。