- ひまわりの祝祭
- 藤原 伊織
- 講談社 1997-06
by , 2006/05/25
かつては売れっ子デザイナーだった秋山は、妻の自殺以来、ひきこもり気味に暮しています。そんな秋山の元に、かつての上司が「100万円を捨てて欲しい」という奇妙な依頼をしに来るところから、彼は、ゴッホの8枚目のひまわり、という幻の名画をめぐる抗争に巻き込まれることになります。
淡々としていながらも、ユーモラスな感じのする文章は読みやすかった。展開はスピーディで面白かったし、謎の解決部分もすっきりしていて良かった。だがしかし。どうも・・・インパクトが弱い。特に心が動かされなかったので、すぐに忘れてしまいそうです。
秋山と亡くなった妻、英子との絆、という部分で感動できなかったというのが、私にとっては大きなマイナスポイントでした。
学生時代に、英子は言いました。「私、秋山さんと結婚するんです。そして秋山さんをこの残酷な世界から守るの。静かな生活で守るの」。そして、彼女が亡くなった今、秋山は言います。「約束の誠実な履行。僕に約束した静かな生活を、彼女はただひとりで守り抜こうとしたのだ。だが、僕はそうではなかった。この残酷な世界から英子を守ることができなかった。」
えー?そうですか?なんか根本的に納得できない・・・。
英子さんは確かに素敵ですよ。英子さんが悩み苦しんでいた時期に、何も気づかなかった秋山はダメ男ですよ。でも、だからこそ、英子さんが妊娠した状態で自殺するという展開はありえない!秋山が自分の死後どれだけ苦しむか、彼女なら想像がつきそうなものですし、知的な彼女のことですから、秋山が苦しまずにすむような、遺書の1つも残すでしょう。
そこで引っかかってしまったので、感動できずに終りました。残念。
「テロリストのパラソル」の直後に読んだのは失敗だったかなあ、と、思います。登場人物の配置や、物語の構成が、そっくりなのが目に付いてしまいました。でもこれって、この2作に限った話ではなくて、ハードボイルド小説のお約束ってやつなのかな。私にとってはその部分が、「テロリストのパラソル」ではすごく新鮮に感じられ、好感を持てたのだけど、2つ続くともうお腹いっぱい。
「爆弾テロと全共闘」よりは、「ファン・ゴッホの幻の名画」のほうが、物語の味付けとしては、私好みのはずなのに、「ひまわりの祝祭」はどうも印象が薄い。少し時間を置いて、「テロリストのパラソル」を忘れた頃に、もう一度読みたい本です。感想が変わりそうな気がします。