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■ 瞳の中の大河 沢村凛
瞳の中の大河瞳の中の大河
沢村 凛

新潮社 2003-07

国土のほとんどが山地である小さな国の、長い内戦の中で生きた、アマヨク・テミズという軍人の生涯を描いたファンタジー。明るいシーンはほとんどないのに、淡々とした筆致で、心理描写が少なく、湿っぽくないのが良かったです。文章にもエピソードにも無駄がなく、構成がしっかりしていて、読みやすい本でした。アマヨクの人生は波乱万丈で、展開の早い、テンポの良い、面白い物語でした。夢中になって一気に読みました。

基本的には、メチャメチャ好きなタイプの本です。架空の王国の歴史ロマン!大河ドラマ!英雄譚!もうキーワードを聞いただけでワクワクしてしまいます。大好きです。

でも、読み終わった今、この物足りなさはなんなんだろう。好きな部分もたくさんあるのに、こうして感想を書こうとすると、手放しでは誉められない感じの本なんです。

とにかく徹底的に無駄のない、濃い本なので、色んな「読み方」ができる本です。だからこれはきっと読み方の問題ですが、私にはどうも主人公が、著者や編集者がアピールしようとしたような、かっこいい男だと思えないのです。
貫き通した信念、
抱きつづけた理想
ひとりの男の崇高なる人生を
圧倒的筆力で描く、壮大な歴史ロマン!
帯より

彼が「貫き通した」と、帯で謳われているというその信念は、非公式の庇護者であった南域将軍との関係で、あるいは、敵であるはずのカーミラという女性への思いによって、何度も曲げられているような気がします。貫き通しましたっけ?

「抱きつづけた理想」というあおり文句も、違うと思うんです。彼の理想は、世間知らずだった第一部では「国軍は正義の味方であり、国民を守るものである」という、軍学校で教科書どおりの刷り込みにすぎなかった。でも野賊と戦ううちに、そして貴族階級との軋轢を深めるうちに、彼の理想は最終的には「野賊と手を結んででも戦争を終らせる」という決意に変化したんだと思います。

私には、彼が理想と現実の狭間で苦しみ、信念を曲げ、行き過ぎた理想主義を捨て、最後の最後でやっとなんとか成長できた小説、という風に読めるのです。それでも彼の成し遂げたことは、そんなには大きくなくて、アマヨクの強さよりは、弱さと哀しさを感じます。

貴族出身の母親を早くに亡くし、覇気のない父親からの愛情を実感できず、その寂しさを、叔父にあたる南域将軍につけこまれ、利用され、最後にはあっさり捨てられた。下級貴族と政略結婚させられ、慣れない習慣に息苦しい思いをし、生まれた子供は顔も見ないうちに死んでしまい、一方的に離婚された。唯一愛した女は最大の敵の部下で、何度も殺し合いをせざるを得なかった。彼女との間に生まれた子供には、触れることもできなかった。どれだけ軍人として出世しようとも、英雄と呼ばれようとも、私人としての彼は、不器用で、不幸で、かわいそう、としか言いようがありません。

私も、アマヨク・テミズという主人公を嫌いではありません。かわいい奴だと思うし、かわいそうな男だとも思う。でも、ぶっちゃけ馬鹿だと思うし、傍迷惑なやつだとも思うのです。彼が理由も説明されれないまま、南域将軍のためにやったことが、おそらくは正義とかなりかけ離れていたであろう事を考えると、やっぱりアマヨクは馬鹿です。こういう男が軍人になって、どんどん出世した結果、多くの敵と部下を殺したわけで、権力を持ったカタブツの信念って、やっかいで迷惑です。彼の人生は全体として、全然かっこよくなんかないでしょう。その最後だけはたしかに、哀愁の漂うかっこよいもので、その余韻になんだか騙されてしまうのですが。

もちろん、帯と内容があってないことなんてよくあって、それは、小説自体の質とは関係ありませんけどね・・・。

あと、どうにも残念だったのが、あっけなさすぎる戦争の幕切れ。最初から伏線はあったとはいえ、地震のくだりはあまりに唐突でご都合主義すぎです。メイダン殿下も最初からしつこく出てきて、ああ伏線なんだな、ってことはよくわかったんだけど、彼の周囲のご学友の皆様とのやりとりや、彼らの心情に関しては、描きこみが足りないので、私の想像力では補いきれませんでした。だから、脇役のはずの人がおいしいところを持っていってしまって、なんだかなあ・・・って感じで、最後の最後で、冷めてしまいました。

でも、わたしにも、この本の他の「読み方」と、その魅力は、十分わかります。そういう意味で印象的だった、2つの文章は、引用しておきます。まずは、アマヨクの敵であったオーマが、アマヨクとカーミラについて、語った言葉。
男は二度、女を撃った。女は一度、男の命を救い、一度、その命を奪おうとした。最初の邂逅から二十数年の間に、ふたりがともに過ごした夜は三度きり。たぶん、ふたりの間で、愛なんてことばは一度も交わされなかった。・・・けれどもぼくは、これほど深く愛しあった男女を、ほかに知らない。
そして、アマヨクに長年付き従った部下、セノンのこの言葉。
あなたに出会う前、俺たちは、意味もなく生きて意味もなく死んでいた。軍務についているあいだ俺たちが考えることは、どうやってさぼるか、どうやって楽をするか、それだけだった。・・・だけどあなたが、そんな俺たちに目的をくれた。生きる意味と、死ぬ意味を、与えてくれた。そうして、俺たちは知ったんだ。いかにさぼるかを考えながらいやいや歩かされるより、その意味を知って、その目的を信じて、全力で走るほうが楽だってことを。


余談ですが、目次がいいです。一章ずつのタイトルが、一文字ずつ長くなるようにできていて、階段状になってるの。それでいて、一つ一つの章タイトルが、それぞれに無理がなくて魅力的。著者、これ考えるの楽しかっただろうなあ。
| さ行(沢村凛) | 11:02 | - | - |
● あやまち 沢村凛
photo
あやまち
沢村 凛
講談社 2004-04-24

by G-Tools , 2006/05/17

のぞみは29才の独身OL。1人でいても生活を楽しむことを知っている。友達もいくらかはいる。でも、どこかで、そんな日常に退屈していて、恋愛もしたいと思っている。そんな彼女が通勤途中に出会った、タツヤという男性との関係を深めていく、ラブストーリー。

のぞみは、内気で、臆病で、用心深くて、いつも安心したがっています。彼女が考えること、することは、都会で1人暮らしをする女性には当然の安全対策で、賢い自衛だと思います。見知らぬ人には用心して、あぶないことには関わらないように。私は、のぞみの用心深さを行きすぎだとは思いません。でも、多くの「都会で一人暮らしをする女性」は、彼女ほど意識せずに同じことを行っているんだと思います。のぞみは、自衛に神経を使いすぎて、緊張し、疲れて、自分の世界を狭くしている感じがして、大変そうでした。そのままじゃダメだよ、もっと大きくなろうよ、と、思ってしまうような主人公です。

そんなのぞみの恋のお相手であるタツヤは、電話番号も教えてくれないし、定職にはついていないし、引っ越しも頻繁にしているらしい、どこかあやしい男。用心して用心して、それでもタツヤに惹かれて、少しずつタツヤとの関係を深めていくのぞみが、この恋をきっかけに、人間として一回り成長する・・・というような、どっちに転んでもありきたりな恋愛小説なのかな、と、思いながら読みすすめました。もちろんそういう側面もあって、その方面でも、いい本だったのですが、それだけの単純な本ではありませんでした。この本は、サスペンス&ミステリーでもあるのです。

タツヤと出会う少し前から、のぞみの周りには、黒子の男、という謎の人物が出没するようになっています。黒子の男の正体は?のぞみとタツヤの恋の行方は?タイトル「あやまち」の意味は?予想以上に暗い真相です。

人は誰でも「あやまち」を犯すけれど、その中には取り返しのつかない重大な「あやまち」というのもあって、それを抱えてしまった場合、どのように生きていくのが、善なのか。用心に用心を重ねても、やっぱり「あやまち」を犯してしまうことはあって、それはどの程度、悪なのか。「あやまち」について色々な事を考えさせられる、重めの結末でした。

沢村凛さん、「カタブツ」「あやまち」の2冊で、私の好きな作家さんに仲間入り。
| さ行(沢村凛) | 12:02 | - | - |
● カタブツ 沢村凛
photo
カタブツ
沢村 凛
講談社 2004-07

by G-Tools , 2006/05/07

ものすごく良かったです。この本は大好きです。もうちょっと表紙が好みだったら、もっと早く手にとっていたんじゃないかと思います。

まじめすぎるぐらいまじめに生きる人々を描いた短編集。著者があとがきで、「書いているうちに自分でもだんだんと、まじめな人たちに声援を送っているのか、その滑稽さをあぶり出しているのか、わからなくなってきてしまいました。」と、書いておられるのですが、本当にそんな微妙な雰囲気の本です。

一つ一つの短編の「ネタ」や「オチ」「シカケ」などは、特に目新しくはありません。でもこの微妙な、温かさ、優しさ、おかしさ、悲しさ、そしてほんの少しの恐さの入り混じった雰囲気は、1冊の本として、確かに「世界に例のないテイスト」かもしれません。わたしはとても好きな雰囲気でした。

・バクのみた夢
「ふたりが二度と会わないためには、どちらかが死ぬしかないと、結論がでた。」こんな書き出しで始まる、ラブストーリー。誠実すぎるぐらい誠実で、まじめすぎるぐらいまじめな男女が、結婚して家庭を持ったあとで、ベターハーフを見つけてしまったら・・・。

・袋のカンガルー
いつでも他人の世話を焼いてばかり、頼まれた事はけして断れない、お人よしの「ぼく」と、双子の妹である亜子の物語。この作品は、昔の少女漫画っぽい感じで、なつかしかったです。吉野朔美さんを思い出しました。

・駅で待つ人
改札口の前で誰かを待っている人を、観察するのが趣味、という男の物語。彼の考えによると、駅で誰かを待つというのは、不安に打ち克ち、誰かを、そして未来を信じるという、崇高な行為なのです。さて、いつものように、待つ人を観察していた彼におこった事件とは?

・とっさの場合
「私」は、反射神経に自信がなく、息子が死ぬかもしれない、そして、その時に自分が身動き1つできないかもしれない、そんな強迫観念にかられています。「とっさの場合の行動にこそ人間の本当の気持ちが出る、などという神話をつくったのは、いったいどこの誰だろう。」という言葉に、同じく反射神経に自信のないわたしは大いに共感しました。予想外の素敵なラストで、とてもいいお話でした。

・マリッジブルー・マリングレー
事故にあい、その前の数日間の記憶を失っている昌樹。その間に、自分は何かをしでかしたのではないだろうか、と、不安にかられます。これは、いわゆる、「奇妙な味」の小説だと思います。

・無言電話の向こう側
女性がマンション内で殺されたのに、悲鳴を聞いていたはずの住人が、誰も助けなかった、という事件がありましたよね。あの事件がモチーフになった作品。人間関係に関してとってもまじめな「俺」と、こちらもあまりにまじめすぎて、どうしようもなく不器用な「俺」の友人の物語。爽やかな読後感でした。
| さ行(沢村凛) | 23:09 | - | - |
■ さざなみ 沢村凜
4062132362さざなみ
沢村 凜
講談社 2006-01

by G-Tools

謎の貴人、絹子さんの出す難題に、彼女に雇われた執事が翻弄される「銀杏屋敷」の章。ごく普通のサラリーマンが、なぜか内ポケットからストレスを感じ続ける「奥山史嗣」の章。そして、様々な人々が登場し、日常の「ちょっといい話」が描かれる「ケースA〜G」。

この3つのパートが、交互に描かれます。本筋は「銀杏屋敷」なんだろうなあ、と、わかりつつ、その他の部分はどう関わってくるんだろうか、と、その謎に前半は引っ張られます。正直なところ、前半は平板で、ちょっと退屈でした。でも、中盤で、物語の全貌がわかったあと、がぜん面白くなってきます。謎が解けた後が面白いなんて、珍しい経験でした。

ただインパクトは弱かったなあ。アイデアは面白いし、構成も、最近よく見かけるものとはいえ工夫されてるし、キャラクターもいいんですが、「物語」が弱い。

一番の山場は、おそらく、絹子さんと執事の始めたゲームが、めぐりめぐって執事とその父親の長年の確執に影響してくる、その章だと思うんです。それは確かに、びっくりな偶然なんですが・・・「物語」としては意外性も何にもなくて、ご都合主義にしか見えない。それに「波紋」というからには、もっと大きな円になってくれることを期待してしまったから、とっても個人的なところで物語が山場を迎えた事に、ちょっと不満が残りました。

面白かった。でも、ちょっと、惜しい!というところでしょうか。

著者によるあとがきに、
もしもこの本を読んでくださった方の心に、はっきりととらえきれない波動のような読後感が残ったとしたら、私と絹子さんの喜びとするところである。
と、書いてあります。そういう事であれば、成功しているんじゃないかな、と、思います。読後感を説明するのは、とても難しい本です。読後感の悪さ、というのはまったくないんだけど、とくに良くもないです。波紋とシマウマと世界制服について、難しい事を考えればいいのか、あー面白い小説だった、ですませればいいのか、迷う小説でした。

個人的には「あー面白い小説だった」で、すませていい小説かな、という結論に達しています。その上で、続編が出ないかなあ、という、期待があります。絹子さんと執事で、また何かやらかして欲しいです。
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