色々な仕事をしている人の、日常を切り取った30の物語。いしいしんじさんの本は、正直なところ、私には意味が分からないときがあるのですが、この本は大丈夫でした。読みやすくて、分かりやすくて、1つ1つの作品が、宝石のように素敵でした。しっとりした大人のための童話だけれど、子供にもぜひ読ませたいと思った本です。
私にしては珍しく、読むのに10日近くかけています。1つ1つの作品が、あまりにみじかく、表現されているものも、なんだかはかなくて、一気に読んだら印象が薄れてしまいそうでした。それがとてももったいなく感じて、すごく嫌で。だから、好きな作品に出会ったら、その日はもうそれ以上読みませんでした。
次に読んだら、また違う作品を好きだと思うような気がします。何度も読みたい本です。
・調律師のるみ子さん
事故で手指を無くしたるみ子さんは、ピアニストにはなれなくて、調律師になりました。るみ子さんは耳がとてもよく、調律師としても一流なのに、いつも少しだけ音をはずしておきます。「いつのまにかまた調律が必要になる」ように調律をするような、調律師になってしまったのです。たった4ページの中に、るみ子さんの希望と、絶望と、許しと、癒しと、再生がつまっています。すごい作品です。大好き。
・象使いのアミタラさん
当代一と謳われた象使い、アミタラさんと、象たちの絆を描いた物語。アミタラさんと、象の間には、彼らにしかわからない深い深い結びつきがあって、それは、人間には見えないものなんだけど、きっとアミタラさんには見えたんだと思います。ラストは哀しいけれど。
・コックの宮川さん
コックにとってもっとも大切な仕事は、冷蔵庫の中で恐怖に震える食材に、明日料理になる因果を含めておくことだそうです。これは・・・ファンシーな味付けだけど、かなりブラックユーモア。驚きました。
・サラリーマンの斉藤さん
すでに絶滅寸前で、2007年には完全に絶滅する、斉藤さんたちの最後の姿です。これはこれで立派な生き方だけれど、1つの時代が終るときに、それと心中しなければならないなんて、不器用すぎると思います。哀しいね。
・雨乞いの「かぎ」
雨乞いの家に生まれた「かぎ」には、立派で村人みんなに好かれる優しい2人の兄がいました。ある日、2人の兄は砂漠で粉々になってしまい、「かぎ」も脚を失いました。村人は、兄ではなくて「かぎ」が粉々になってしまえばよかったのに、と、言います。そして「かぎ」は・・・。ちょっと感動でした。