「ポートレート24」という映画の製作に関わった、身勝手な人々のドロドロストーリー。
どの人も自己中心的で、折れるという事を知らないので、撮影現場は大混乱に陥ります。さて、この映画、どんな仕上がりになることか?それが気になって、途中で読むのをやめられません。ぐいぐい読ませます。とても面白い本だったと思います。
最近の桐野作品は、暗くて重くて苦しいものが多かったけど、こういうエンターテイメント的な作品も上手い人だったんですよね。そういえば。
エピソードの一つ一つは、型どおりの芸能界もの、といった感じでリアルではないのですが、登場人物の心情描写がとてもリアル。全体を通してみると、ストーリーも、どこか現実的。この「リアル」に関するあとがきが、興味深かったので、引用しておきます。
「光源」の世界は、アンチ・リアル=フィクショナルであることの徹底性において、すこぶるアクチュアルなのだ。桐野夏生は、退屈な小説家がしようとするように(そして、それさえも往々にして失敗しているように)、何らかの方途で「現実」を映し出そうとするのではなく、凶暴な「虚構」の力によって「現実」を突き通しているのだ。
さて。
どの人も、いい作品を作るために一生懸命になっている、という「ちょっといい話」なら、ありきたりですよね。それこそ、プロジェクトX風。でも、この作品には、そんな純粋な人はいません。主要人物が5人とも身勝手で、自分のことばっかり考えています。それぞれの思惑が、それぞれの視点で、延々と綴られるのですが、その心理描写がリアルで上手い。さすが桐野さんです。
1番、いい作品を作りたいと考えているのは、新人の監督三蔵でしょう。だけどちっとも彼を応援したくならない(笑)。映画への情熱ゆえに、理想と現実のギャップに苦しむ彼の姿はまさに青春!しかし、三蔵は「いい作品」と「自分の思い通りの作品」の違いすらわかっていない、ほとんど素人。それなのに自信過剰でプライドが高く、他人の意見を素直に聞き入れることがなかなかできない。さらに、「自分の思い通りの作品」すら具体的には定まっておらず、迷ってばかり。彼には本当に同情しているのに、彼が、ベテラン撮影監督の有川や、スポンサーでプロデューサーの優子、人気俳優の高見などにやっつけられるシーンでは、溜飲が下がります。
他の人たちも似たようなものです。有川には、監督の目になりきって撮るというポリシーがありますし、ベテランなので作品のために良いこと、悪いこともわかっています。職人気質の彼は、登場してしばらくは、なかなかかっこよく見えます。しかし、彼の場合、何よりも優先されるのが、保身です。彼には今まで積み重ねてきた撮影技術者としての評判という財産があります。その価値を下げるわけにはいかないのです。だから撮影が進むにつれて、作品は悪くても、撮影だけは良くしておこう、そう思うようになります。しかも、過去に自分を捨てた女である優子に対する、恨み、怒り、そういったものも、完全にふっきれてはいないようです。
プロデューサーの優子は、とにかく金勘定で頭がいっぱい。家を抵当に入れて作った自分の金なのですから、この映画がこけては困るのです。それに優子には、夫や、夫の元妻との確執という、プライベートでのプレッシャーもかかっています。「いい映画」よりも、「自分が有名になれる映画」を目指して、あえて新人の監督を起用し、彼のフォローをさせるために、自分が昔捨てた男を利用しようとする。実に自己中心的で計算高い女性です。こういう女性にはなりたくないけど、キャラとしては、優子はかっこよかった・・・かも(びみょー)。
人気俳優の高見は、義理と人情を重んじ、俳優としてのプライドをしっかり持った、まともな人物かと思っていたら、途中からだんだん化けの皮がはがれます。臆病だし、陰険だし、不誠実だし、意外に小者です。彼を応援する気にも全然なりません。しかも、終盤で突然出てくる、彼と妹とのエピソードは、この小説の中での必要性がまったくなくて、不自然に浮いてるし・・・。
元アイドルで、したたかに芸能界を生き抜いてきた佐和。彼女は「いい作品」のことなど、これっぽっちも考えていません。この映画を利用として、女優として花開きたいと考えていますから、自分が目立つこと、自分が美しく映ること、それしか考えていません。
5人の主要人物、それぞれの思惑には、共感できなくもないのです。気の毒に思ったり、かっこいいと思ったり、するのです。だから主人公を誰かに絞れば、もっと良かったんじゃないかなあ、と、思ったりしています。個人的な希望としては、やっぱり優子が主役のこの本が読みたいです。でも、有村でも、三蔵でも、高見でも、主役をはってくれれば、一本筋の通った小説になったと思います。(佐和には無理。)
登場人物の誰のことも応援できなくて、ストーリーにはオチらしいオチもなくて、ラストに不満が残っていて・・・それでも●マーク。とにかく、読んでいる間ずっと、ワクワクしてハラハラして、楽しくてしかたなかったのです。