財閥会長の運転手・梶田が自転車にひき逃げされて命を落としました。義父である会長から、遺された娘二人の相談相手に指名された杉村三郎は、妹の梨子からは、「父親の思い出を本にして、犯人をみつけるきっかけにしたい」という相談を持ちかけられます。しかし逆に、姉の聡美からは、「梨子の取材・出版活動をとめて欲しい」と頼まれます。杉村は、義父である会長の命令により、というよりは、自分も4歳の娘を持つ父親として、2人の娘の、亡き父への思いに突き動かされるように、被害者・梶田の人生を探り始めます。
ポイントは、杉村は、ひき逃げ事件の犯人探しをする訳ではないということです。もちろん何もしないわけじゃないんだけど、その事件に関しては、大きな謎もなければ、杉村の出番も特にないんです。杉村が紐解いていくのは、梶田家という家族の秘密です。
タイトルの「誰か」は、杉村のことでしょう。「誰にも言えない事を抱えた人生は辛く暗く重い。誰でもいいから、誰かに言いたい」。これが、タイトルの意味だと思います。
他人である杉村が、最後に、必要以上に秘密を暴いてしまったことで、後味の悪い本に仕上がっています。宮部みゆきさんと言えば、どんなに陰惨な事件がおこり、どんなに救いようのない犯人が暴かれても、どこか爽やかである、というのがセールスポイントだったと思うのですが、この本は、違います。主人公がこんなにいい人なのに、どうも後味の悪い小説でした。
この本は、ミステリーの形ではありますが、「杉村」という1人の男を描いた純文学的な作品だと思います。逆玉の輿にのって幸せの絶頂にいる杉村には、たくさんの心無い言葉が投げつけられます。温厚な彼は言い返しもしませんが、杉村はけしてお気楽な王子様なんかではありません。いつも今の幸せに不安をかかえて、自分が場違いな場所にいるような気がしながら、大切なものを自分の力で守ろうとして、複雑な葛藤を抱えた人物です。がんばれ、がんばれ、と、応援したくなりました。
誰かの「誰にも言えないこと」を知る事は、良い結果ばかりを生むわけではありません。でも、杉村はおそらくこれからも、そういったことを聞く役目を請け負っていく人生を送りそうです。(それは、作中でも暗示されています。)彼は人間に興味があり、人間の話を聞く事が好きで、しかも聞き上手ですから、うってつけの人物です。
全体としてこの本の評価は、いまいち。本の厚さの割りに、内容が薄い。事件が地味な上に、登場人物も地味、オチも地味な上に、途中で全部予想できる。宮部みゆきの作品だ!と思って期待して読んだから、点が辛いんだとは思いますが。
ああ、さすが、宮部みゆき!と、圧倒されるような部分がなかった。宮部作品の、現代ものの中では、かなりランクが下のほうです。最近のファンタジーと同じ位の評価。(あくまでも個人的感想。ファンの方、気を悪くなさらないでね。)