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● ラギッド・ガール 飛浩隆
ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉
飛 浩隆

早川書房 2006-10

待ちに待った「廃園の天使シリーズ」の2作目。今回も良かった!残酷で、哀しく、美しいSF。

前作は、「夏」「海」「結晶」「白いワンピース」「レース編み」といった、透明感あふれるイメージでしたが、今回は、ラギッド(=ざらざらした)・ガールということで、印象はずいぶん違います。それでもやはり、このシリーズの魅力は、体感表現の詩的な美しさにあるな、と思いました。とにかく文章が綺麗です。

人間の手によって、人間の娯楽のために作られた、仮想リゾート‘数値海岸’。そこには幾千もの区界があり、それぞれに意識と意志を持つAIたちが、遊びに来た人間(=ゲスト)に奉仕するために住んでいます。けれど、ある日(大途絶=グランド・ダウン)を境に、ゲストが区界にやってくることはなくなり、AIたちだけの何も変わることのない生活が、千年も繰り返されることになったのです。

1作目の『グラン・ヴァカンス』では、永遠にくりかえされる日常に倦み、滅びを希望と表現し、「いつかきっと死ぬ」ことを望むAIの絶望感を感じました。今回の『ラギッド・ガール』では、それだけでなく、その千年の間のAIたちの不安も感じ取ることができました。AIたちには、自分たちが、人間によって人間のために作られたAIであるという自覚があるのです。それなのに、ゲストはやってこない。という事は、いつ突然、電源が落とされるかわからない。ゲストは何百年もやってこない。なぜ、自分たちは生かされているのだろう。なぜ、生きていなければならないのだろう・・・。

人生の根本的な不安に、ちょっと似ていますね。

『グラン・ヴァカンス』は長編でしたが、今回は短編集です。このシリーズはこんな風に、時系列とは違う順番で描かれていくのかな。新作が出るたびに前作を再読して、頭の中でジグソーパズルを組み立てなければいけないようなシリーズになるのかもしれません。うーん、好みだなあ。こういう複雑さは大好きだ!3作目は長編だということなので、それもまた楽しみです。

この本が発売されて、とりあえず予習のために『グラン・ヴァカンス』を読み直し、それから『ラギッド・ガール』を読み、もう一度『グラン・ヴァカンス』が読みたくなり、この感想を書くために、『ラギッド・ガール』をもう一度読んで・・・。一週間くらいこのシリーズに浸っていました(この期間中のブログの更新は、ストックからです)。これは、図書館に頼っていられませんね。買います。



□ 夏の硝視体 Air des Bejoux

最初の「夏の硝視体」は、『グラン・ヴァカンス』と同じ、夏の区界の物語。大途絶(グランド・ダウン)の300年後の、ジュリーとジョゼが描かれています。『グラン・ヴァカンス』の雰囲気が好きだった人は確実に好きでしょう。私は好きです。独特の喪失感と絶望感が、美しい文章で綴られた詩的な作品です。

□ ラギッド・ガール Unweaving the Humanbeing
○ クローゼット Close it.
☆ 魔述師 Laterna Magika

この三部作では、『グラン・ヴァカンス』で、あえて触れられていなかった、SFの設定的な部分に踏み込んでいます。コアなSFファンにはつっこみどころがあるのかもしれません。だって、「人間の情報的似姿を官能素空間に送りこむという画期的な技術によって開設された仮想リゾート‘数値海岸’」とか、「Unweaveは阿形渓が開発した、情報的似姿をほどき、編集を実行できるツール群だ。」とか言って情報処理に詳しい人が納得してくれるとは思えないもの・・・。でも、理系の説明をちゃんとされたら、それこそ私には読めない本になってしまう(笑)ので、ちょうど良かったです。科学的な説明と、独特の美しい描写を、両立させているのが素晴らしいんです。

『グラン・ヴァカンス』「夏の硝視体」で描かれたあの美しい世界が、どのようにして存在するようになったのか、現実世界側から描かれていきます。そうすると、意外とこれが、ちゃっちい仕組みに思えるんですよね。現実の世界の人間たちから見て、どれだけAIたちとその世界が、単なる娯楽の1つでしかなく、音楽や映像を楽しむのと同じ程度に、軽いものかということが描かれてしまいます。『グラン・ヴァカンス』の登場人物たちにすっかり感情移入させられた私には、それがとても切なく感じられました。

「ラギッド・ガール」が、著者いわく、自身最高傑作との事。そうかあ。そうなのかあ。

わたしは、三部作の中では、大途絶(グランド・ダウン)の謎が明らかになった「魔述師」が、やっぱり1番好きでした。わたし以上にAIのに感情移入した人々がいて、彼らはAIを救おうとしたんですよね。でも、読者は、それによってもたらされたAIの悲劇を知っている。哀しい中編でした。

「クローゼット」は、自殺してしまった同居人の死の真相を探る、という、ミステリィチックなストーリー。大途絶(グランド・ダウン)前に区界を使用していた、現実世界の人間が描かれています。三部作の中では、個人的で狭い世界の物語なのですが、番外編として楽しめました。

「ラギッド・ガール」は、「数値海岸」を構築した人々の物語で、このシリーズの設定の根幹が明かされていますし、すべての物語のイメージの始まりでもあり、確かに面白かった。傑作・・・なのかもしれません。かなり刺激的ではありました。でも私には、少々「残酷」と「ラギッド」が強すぎましたねー。

三部作を読んですっかりわかったような気でいたけど、飛さんによると、これでもまだ3分の1しか謎は明かされていないそうです。そういえば、あれも、これも、謎は残っているなあ、この先が楽しみです。

☆ 蜘蛛の王 Lord of the Spinners

『グラン・ヴァカンス』で夏の区界を蹂躙したランゴーニの、誕生から蜘蛛の王として成長するまでの物語。区界のAIたちは皆、年をとることがなく、成長期の記憶は、捏造されたものですが、ランゴーニたち蜘蛛衆は、その区界で誕生し成長します。ちょっと特殊なAIなんですよね。そのことがランゴーニというこのシリーズの超重要人物の人格や意志に、何か影響を及ぼしてる・・・(かどうかはまったくの謎ですが)

大途絶(グランド・ダウン)前の物語で、ランゴーニの育った汎用樹の区界の設定が、面白かったです。大きな木の枝に集落があり、それぞれに領土があり、領主がいる。それらの集落を行き来するために、特別な訓練を受ける、蜘蛛衆というAIたちがいて、彼らがそのラギッド(ざらざらした)な幹を登り降りし、ゲストの案内役をする。なんとなく、東南アジアの山間部の農業地域のイメージでした。夏の区界とは、全然イメージが違います。数値海岸には、実に色んな区界があるんですねー。次に描かれる区界が楽しみです。(他の区界が描かれるのかどうか、私はまったく情報をもっていませんが・・・)

この作品は、『グラン・ヴァカンス』「夏の硝視体」の直後に書かれ、発表されたものだそうですが、この本の中で、三部作の後に置かれているのは、とても、なんというか、正しいと思います。三部作を読んでいないと理解できない部分が、たくさんあります。短編集として、作品の並べ方が見事。

三部作で感じた、現実世界の人間の持つ、数値海岸に対する認識の軽さ。現実世界では解放できない深層心理下の反社会的な欲望を、人間は数値海岸の各区界であらわにし、AIはそれを受け止めるために存在させられていた。でもAIには意識も意志も感情もあり、だから、それがすべての悲劇の始まりだった。ランゴーニの意志の詳細は、依然として不明ですが、彼も彼として可哀相でした。

○ ノート
っていうか、これ、あとがきですよね。でも面白かったので、○をあげたいです。
| た行(飛浩隆) | 15:45 | - | - |
★ 象られた力 飛浩隆 
4150307687象られた力
飛 浩隆
早川書房 2004-09-08

by G-Tools

「グラン・ヴァカンス」の感想を書いたら、色んな人からオススメされた、飛浩隆さんの短編集。単純に、すごくよかったです!テクニックのある作家さんなんですね。もちろん、それだけじゃないんでしょうけど。

文体は硬いのですが、あらゆるものの描写が緻密で、表現が豊かで、文章が美しいので、けして読みづらくはありません。ストーリーもけして奇抜ではない。それなのに、どの作品を読んでも、自分の感覚や、感性を、極限まで研ぎ澄ますことを、要求されているような気がしました。(←ものすごく誉めています)

4つの作品が収められているのですが、1作目の「デュオ」だけはちょっと異色。これはジャンルで言うと、サイコホラーが一番近いと思います。でもミステリーでもあるし、もちろんSFでもある。

ふたごのシャム双生児、デネスとクラウス。左腕を操るデネスと、右腕を操るクラウスは、完全に協調することが出来、二人合わせて、天才的なピアニストです。伴奏をしていても、一流の音楽家であるソリストをリードしてしまうほどの。主役は、彼らのピアノのために呼ばれた、調律師のイクオ。敏感な耳を持ったイクオは、このふたごのとある秘密に気づき、彼らを助けようとしますが・・・。

デネスとクラウスは、聾唖者です。耳が聞こえず、手話で話します。ふたごがイクオに出会った日に言ったこのセリフ、

「ぼくは音楽だけはちゃんと聴けるんです。メロディも、音色も、感情もすべてわかる。音楽のうち音以外のすべてが」

この言葉の意味が、わたしにはまったくわからなくて。若い純文系の作家さんにたまにいる、イメージ先行型で言葉遊びをしているだけの、中身のない本だったら好みじゃないな、と、思いました・・・。でも、ごめんなさい。大間違いでした。このセリフが、この物語の出発点でした。デニスとクラウスは、なぜ耳が聞こえないのか。なぜ音楽だけは聴けるのか。物語の大きな謎の1つでした。

骨格のしっかりした、複雑な小説で、ストーリーを把握するだけでもかなりの集中力が求められます。でも、集中力総動員で読むだけの価値はあります。「そうです。私が、彼をころしました。」という独白ではじまる、誰が誰をどうやって殺したのか、というミステリーでもあるので、ネタバレしたくないから、あんまり書けないけど、すごくよかったです。

予想外の展開と結末に、あっと言わされます。それに、とても哀しい物語なんです。自己を表現する手段を持たないものの、悲しみと怒り。喪失感と無力感。後悔と恐怖。色んな人の色んな感情が痛くて、背筋がぞっとするような中編でした。

結局は奏でられる事のなかった、和解の音楽、聴きたかったです。

さて。2作目から4作目までは、SFらしいSFです。

3作目の「夜と泥の」は、イメージの魅力がとても強かったです。特に、沼地の泥の中から現れる少女の描写はすごい。年に一度の夏至の夜に、光を凝集するように立ち現れ、月光を浴びて舞い踊り、腐り落ちて泥に還る少女。詩的です。でも、この小説は詩的なだけでは終わらず、この惑星の秘密を明らかにする、ちゃんとしたストーリーがあります。面白かったです。

そして、4作目の「象られた力」。惑星・百合洋(ユリウミ)が住民もろとも消滅して一年。隣の惑星・シジックのイコノグラファー・圓(ヒトミ)は、百合洋の言語体系に秘められた、「見えない図形」の解明に取り組んでいます。圓の周辺では、百合洋の図形をモチーフにしたアートが。様々な形で異常なほど流行しています。しかし、その図形には、世界を破滅に導くほどの力があったのです。そして・・・

という、パワフルで、壮大な、混乱と滅亡の物語。読み応えがありました。そして、他の作品は海外SFっぽい、と、感じたんだけど、この作品はとても日本的な気がしました。なぜかは・・・自分でもよくわからないけど。


さて。ここまで読んでくれた人にはわかると思いますが、わたしは「デュオ」が一番好きでした。好みの問題だけではなく、この作品だけ、突出して、レベルが高いと感じました。SFを好きな人なら、「象られた力」が一番良い、と、言うかもしれません。私も「象られた力」は、かなり好きでした。でも、SFを読み慣れていない人には、きっと読みづらい小説だよね。

短編集全体としては、作品選択を誤ったような、並べ方が悪いような、そんな気がします。まあ、まずは作品ありき、だったようですから、仕方ない部分もあるとは思うけど・・・それにしても。

まず、「デュオ」が、テーマも雰囲気もジャンルも、ポーンと浮いちゃってるのが気になる。それを最初に入れるって、どうなのよ、とも思う。「夜と泥の」と「象られた力」は、同じ世界のストーリーらしいので、連続して収録するくらいなら、この世界だけで本にすればいいのに、と、思う。「呪界のほとり」は・・・なんで収録しちゃったんだろうね<失礼 m(__)m。まあ、ちょっとは面白かったけど・・・ユーモアっぽいものを1つ入れようと思ったのかなあ。

というわけで、この短編集自体には、若干の文句があるけど、本が好きな人には、「デュオ」だけでも読んでみて欲しい、と思います。「デュオ」は、とてもオススメです。
| た行(飛浩隆) | 01:22 | - | - |
● グラン・ヴァカンス 飛浩隆
415208443Xグラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉
飛 浩隆
早川書房 2002-09

by G-Tools

ネットワークのどこかに存在する、仮想リゾートの一区画「夏の区界」では、人間の訪問が途絶えてから1000年もの間、取り残されたAIたちが、同じ夏の一日をくりかえしています。しかし、その「永遠の夏休み」は謎のプログラム「蜘蛛」の大群の来襲によって終わりを迎えます。生き残ったAIたちは、ホテルにたてこもり、最後の抵抗を試みるのです。

この、忘れられた楽園、という設定だけで、すでに切ないです。まさに「天空の城ラピュタ」(←大好き)のイメージで、かなりツボでした。しかも、海や、空など、夏の自然の描写や、AIたちの持つ、幻の記憶の美しい事といったら・・・。

でも、美しさの描写だけが優れているわけではありません。AIが味わわされた屈辱、殺されるAIの苦痛。残酷でグロテスクなシーンも、官能的なシーンも、どこか詩的に描かれています。イメージの奔流に圧倒されるような文章で、一気に読めました。ラストは感動的でした。くじらの耳飾のシーン・・・すごくよかった。泣けます。

SFとしては・・・ネタが少し古い気がします。でも、それゆえに、他のジャンルとあまり融合していない、というか、侵されていない昔ながらのSFの良さが残っている気がします。SFだからこそ描ける、人間の普遍的なもの悲しさや、はかなさを、きちんと感じさせてくれる本でした。

視点がころころ変わるので、登場人物や背景を把握するまでがちょっと読みづらいかもしれません。誰に感情移入するかを間違えると、感動できない気もします。そういう意味では、ちょっと難しい本かもしれません。誰にでもオススメ、とは言えないかも。ある程度SFを読みなれた人には、かなりオススメ。

追記:02年度「SFが読みたい!」ランキング2位だそうです。
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