| 夜の公園
川上 弘美
中央公論新社 2006-04-22 |
タイトルどおり「夜の公園」のシーンから、物語は始まります。「帰りたくないなあ」と、リリはつぶやきます。申し分のない夫である幸夫を、もうあまり好きではない自分について、考えているのです。そしてある日、リリは、夜の公園で顔見知りになった年下の青年、暁と関係を持つようになります。
夫の幸夫は幸夫で、リリの親友、春名との付き合いが、結婚前から続いています。春名が幸夫を誘惑したのです。幸夫は、リリを愛していないわけではなく、特別悪い男というわけでもなく、よくいる身勝手な男。リリはリリとして、春名は春名として、2人とも愛しているのです。
リリと春名は学生時代からの親友同士で、春名はリリのことを嫌っているわけでも憎んでいるわけでもありません。友人として好きなんです。でも春名は、幸夫の事も好きで、ほかにも何人もの恋人がいて、その中の1人は偶然にも、暁の兄であったりします。
複雑にもつれた人間関係は、誰が見ても、今にも崩壊寸前です。ある日とうとう、リリと暁、幸夫と春名、2組の不倫カップルが、レストランで鉢合わせをしてしまいます。そして・・・
章ごとに語り手が変わることで、少しずつ思いがすれ違っていく様子がみごとに描かれていました。川上さんは、技術がありますよね。文章も綺麗だしね。
初期の江國香織さんの本に、雰囲気が似てるなあと思いました。人間関係はどう考えてもドロドロなのに、主人公(この本の場合はリリ)の女性の精神年齢が低く、現実逃避傾向が強く、地に足がついていないため、冷静な自己分析をくりかえすばかりで、状況がどんどん悪化する。本当に悪い人は誰も出てこないのに、みんなが傷ついてしまう。そんな様子が、静謐な筆致とよく合っていて、読みやすくて読み応えのある、いい小説になっていました。一度は愛し合っていたはずの恋人たちの気持ちが離れていく哀しい過程が、まっすぐに描かれていました。
この本のあらすじは、上にも書いたように、恋愛小説、あるいは不倫小説です。そしてわたしは、不倫小説が好きじゃないんです。でもわたしは、この本を、リリと春名の友情の小説として読んで、その結果、なかなかいい本を読んだなあ、と、思っています。2人の関係は、この本の中のどの恋人同士より強いような気がしました。2人の間にある空気は、描かれたどの肉体関係より、濃密であるように感じました。近い将来、2人の友情が復活するような気がしてなりません。女という生き物は、それくらい図太いと思いますし、リリも春名も、それくらいには強くなったと思う。
春名のことを、リリは思っている。
春名、わたし、さみしくないの。
・・・そして、自分がさみしさを感じないことすら、さみしくないの。
春名。
リリは心の中でよびかける。
春名。あなたは今、さみしい?
あなたに会えないことだけが、少しだけわたし、さみしい。