寵姫の閨でなぜ大王は死んだのか?遥か昔から罪の匂いをまとってきた美しい女たちがいる。時代を経てなお様々に伝わる織女伝説をモチーフに、和歌を絡めながら描く七編の連作ミステリー。
この本は素敵!ロマンだなあ。匂いたつような文章で、しっとりと、読むことの楽しさを満喫できます。これからの雨の季節には、ぴっったり。オススメの1冊です!
どの物語も、「大王」「后」「帝」「皇子」「皇女」の物語となっていて、謀略あり、犯罪あり、恋愛ありの和製王朝ロマンミステリーです。7つの物語を、古代から江戸時代まで時系列順に並べています。歴史上の有名人や、古典の有名なエピソードがちょくちょく登場するのも、好きな人にはたまらない趣向ですよね。それぞれの物語は、「機を織る女」という共通テーマをもっています。またそれぞれの物語は、和歌でしめられます。
そして私が1番注目したのは、全体を貫く裏の物語があり、この本がある隠里の一族の年代記にもなっている、という凝った構成です。連作短編集としてもお見事です!
以下は、あらすじ。自分のための覚書なので、読みにくいし、面白くないと思います。以下を読むくらいなら、自分でこの本を読んで欲しいです。私は「歴史学」の観点から読んでしまいがちだったのですが、和歌に造詣の深い方は文学的に、恋愛小説が好きな方はロマンチックに、など、色んな読み方ができる本だと思いますし・・・。
・ささがにの泉
・秋去衣
・薫物合
・朝顔斎王
・梶葉襲
・百子淵
・糸織草子
第1話「ささがにの泉」の主人公、泉のほとりに住む衣通姫は、地の神の霊力を備えており、病弱な大王を癒すために側に仕えるようになります。衣通姫の屋敷は、夜になると、水がつむぐ糸の繭に守られます。誰もそれを破らずに入ってくることはできません。その「水の密室」の中で、大王は変死します。大王を殺したのは衣通姫なのか?この短編は、ミステリーの味わいです。1人の男を争った姉妹の悲劇は、「これぞ王朝ロマン」といった感じで、短編集の幕開けにふさわしい、印象的なストーリー。この衣通姫の悲劇は、けっこうあとをひくことになります。
「秋去衣」は、第1話の事件の直後の、大和朝廷を揺るがせた政権交代の陰謀劇を描いています。その中心となるのは、大王の娘で、同じく衣通姫と呼ばれることになった巫女姫です。彼女は、神事のための機を織るという役目を果たしつつ、この陰謀に気がつき、幼い頃から慕っていた兄の命を救うために、一計を案じます。彼女の計画とその成否についてのネタバレはしませんが、姫自身はどうやら、朝廷には戻らず、里にかくまわれひっそりと暮したのではないかという、昔話らしいオチがあります。これもけっこうあとをひきます。
第3話「薫物合」に入ると、少し時間が飛びます。都は平安京に移り、物語の舞台は京都へ。うだつのあがらない貴族、清原元輔が恋をした、夏野という女性が殺されました。夏野変死事件は、長いときを隔てて解決します。(解決編はネタバレしません。でも、面白かったです。)この変死の謎を明らかにすべく、京都にやってきた瑞葉という女性、彼女はどうやら、第1話で亡くなった衣通姫のいた藤原の地で、ひっそりと暮す隠里の一族の一員のようです。
第4話「朝顔斎王」は平安時代中期。主人公は第2話の衣通姫と同じく皇女であり、巫女として賀茂神社に奉仕するために捧げられた、元斎王。彼女に向けられた悪意について描かれた短編ですが、素敵なラブストーリーでもあって、短編としてはこれが1番素敵でした。なんといってもこの主人公の姫さまが、ピュアなのです。無菌培養された世間知らずの女性ですが、甘やかされたわけではなく、重い責任を背負い、厳しい訓練と禊の日々を生きてきた彼女は、清らかだけど、たくましい大和撫子。
この時代の斎王は、もう実際に機を織ることはなくなっています。できあがった布を、儀式の一貫として運ぶだけです。また斎王の霊力に関しても、斎王自身が「自分にそんなものが本当にあるのだろうか」と悩んでいます。「神」に仕えていたはずの斎王が、「仏」に祈ったりもします。第1話では、どっぷりファンタジーかと思いましたが、このあたりからは、古来日本人が信じてきた「神」というものへの信仰が、かなり曖昧になっている様子を見ることができます。
第5話「梶葉襲」では、元女御とその女房が、宮中にいたころの七夕祭りの思い出を語り合います。日常の謎系ミステリーの味付けがされています。女房たちが準備した晴れ着が、すべてびしょぬれになってしまった、という事件が過去におこったのですが、女房の話を聞いた元女御様は、ことの真実に気がつきます。時代は全然違うけどちょっと「大奥」みたいなストーリーでした。子供を武器にする女の戦いですね。この事件の黒幕は、隠里の一族に代々伝わる名前・瑞葉を名乗っています。また、彼女が里から連れてきた、止利彦という少年も登場します。
第6話「百子淵」の舞台は不二原の村(=隠里の一族の村のようです)。ここで第1話の衣通姫の泉のその後が描かれます。第5話の止利彦のその後も描かれています。不二原の村に代々伝わる、水都刃と鳥比古という神への信仰、また、成人のための儀式には、いったいどんな意味があったのか?言い伝えや、儀式には、それが生まれるきっかけとなった出来事が何かあるはずだ。村の生まれではなく、外から入ってきた鵙という青年が、その謎を解いて過去の出来事を明らかにします。もう神もへったくれもありません。感覚的には現代人に近くなってきました。個人的にはこの話が、時の流れを感じさせてくれて1番好きです。
第7話「糸織草子」では、とうとう江戸時代になります。機を織るのは、貧乏武家の奥方の内職になりました。染めの技術なども発達し、色糸が登場します。この時代、政治の実験を握っているのは武家。皇子、皇女にはなんの実権も財産もなく、お金のある町人の庇護の下、ほそぼそと暮しています。この物語は町人の見た、皇子、皇女の悲恋の物語でした。